AFFECTUS No.698
コレクションを読む #29
2014年に「ヴェトモン(Vetements)」が設立され、ビッグシルエットが世界を席巻した。以降、オーバーサイズの服は世界唯一のシルエットとなった。そう言うのは決して大袈裟ではないだろう。しかし、10年以上続いてきたビッグシルエット時代に本格的な変化が訪れ始める。新しい時代の扉を開こうとしているのが、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)だ。
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ロンドンの奇才は「ディオール(Dior)」のアーティスティック・ディレクターに就任後、スリムなシルエットを打ち出す。その流れは1月に発表された2026AWメンズコレクションでさらに顕著になった。
ショー冒頭から細いジーンズが登場する。最初に現れたモデルは、紫のスパンコールをふんだんに使ったノースリーブトップスに、細いジーンズを合わせていた。続く二人目、三人目のモデルもスパンコールのノースリーブトップスを着用し、ホワイトジーンズ、ブラックジーンズの順番で現れた。トップスもシルエットの細さを強調する。それは、エディ・スリマン(Hedi Slimane)時代のディオールを呼び起こす。
だが、コレクション全体で見ると、エディ時代とは明らかに異なっていた。ビッグシルエットも混ざっていたのだ。ライトグレーのスーツは、ジャケットを幅広い肩幅のオーバーサイズで仕立て、トラウザーズもワタリがたっぷりとしたボリュームで作られている。チェックのボタンダウンシャツを着たモデルは、千鳥格子のワイドパンツを穿き、カーキ色のロングコートはヴェトモン時代を凌駕するスーパービッグシルエット。
冒頭に登場したジーンズも厳密に言えば、「スキニー」よりは若干太い。スリマンのそれは脚に張り付き、第二の皮膚を思わせたが、アンダーソンのスキニーはほんのわずか、デニム生地と脚のあいだに余裕を生んでいる。その空間的余裕は微量だが、確かにある。
「スキニージーンズ、復権なるか?」
答えは「復権するが、復権しない」ではないか。そう考えている。
シルエットのスリム化は、2026AWシーズンに始まったわけではない。以前からシルエットは細くなり始めていた。一方で、ビッグシルエットはボリュームダウンしながらも消えていない。新しい次のトレンドが現れ始め、それなりに時間が経過しているのに、市場を埋め尽くすまでに至っていない。これは20年以上ファッションを見てきたが、初めての現象に思える。
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これまでなら、ある一つの現象が現れたら、瞬く間にトレンドはその現象で埋め尽くされた。しかし、今回のシルエットのスリム化現象は、明らかに次のトレンドを示しているのに、浸透までに時間を要している。アンダーソンが発表した今回のメンズコレクションは、かつてのトレンドと次のトレンドになりうるものが混在した、現在の状況を描写したかのようだ。
おそらく、今の潮流を考えれば、スキニージーンズは今後も増えるだろう。そして着用する人たちも増えるはず。だが、ビッグシルエットも消えることなく、変わらず着続ける人たちがいるだろう。二極化したトレンドという、非常に希少な現象が起こるのかもしれない。いや、すでに起きている。その兆候は確実に現れている。
なぜ、二極化が起きるのだろうか。かつての時代と現代は何が違うのだろうか。
Instagramの影響が考えられる。このプラットフォームは、人間の価値観が単一ではないことを可視化した。この10年で、ジェンダー観や身体観は揺れ続けてきた。身体を隠すスタイルも、強調するスタイルも、同じタイムラインに並ぶ。どちらか一方が街を覆う光景は、そこにはない。Instagramは原因ではない。だが、この10年の価値観の揺れを、最も直接的に映し出してきた装置ではある。
だからこそ、スキニーは復権する。だが、支配という形では戻らない。
〈了〉
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