AFFECTUS No.700
ブランドを読む #11
2年前の2024年6月。2025SSシーズンのメンズコレクションをチェックしていると、一つのブランドに関心が向いた。服そのものはベーシック。ジャケットの数は多いが、着こなしはカジュアル。目を奪われたのは服に施された刺繍や生地の柄だった。植物をモチーフにした曲線の模様はエスニックで、アジアの香りがする。しかし、アジアと言っても東アジアや東南アジアのそれとは違う。乾いた、燻んだトーンの色彩は明るい色であっても、鮮やかではない。
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それがインドの職人技を活かすメンズブランド「カーティック リサーチ(Kartik Research)」だった。デザイナーのカーティック・クムラ(Kartik Kumra)は今年1月に発表された2026AWシーズンのパリメンズでもコレクションを発表しており、25歳にしてパリファッションウィークの公式スケジュールで発表した、初のインド人デザイナーでもある。
クムラはアメリカのペンシルベニア大学で経済学を学んでいた。ファッションには以前から高い関心を持っていたが、ある日、クムラは気づく。ドーバー ストリート マーケットやセルフリッジズで「クレイグ グリーン(Craig Green)」や「キコ コスタディノフ(Kiko Kostadinov)」の服に触れる中で、「インドの豊かなテキスタイル文化を参照するブランドが存在しない」ことに。
コロナ禍でアメリカからインドへ戻ったことをきっかけに、2021年、クムラは20歳でカーティックリサーチを設立。目的は、伝統的インド工芸を現代的かつグローバルな文脈に押し上げること。初期は母親とともにインド各地のクラフト産地を車で回り、生産ネットワークを構築。職人を支援するというより、むしろ「彼らに支えられていた」と本人は語っている。
私がカーティック リサーチのコレクションを初めて見た時に感じたのは、「バランスのうまさ」だった。生地やディテールに、インド伝統の技術が施されている。一見すると、ローカル色は強い。だが、強すぎない。「洋服」と「インド」のバランスが絶妙だった。柄やディテールを見ると装飾的なのだが、端正でシンプルなシルエットが装飾の主張を抑制して上品だった。
最新コレクションの2026AWでも印象は変わらない。西洋のテーラリングに、インド伝統の技術と素材が融合している。黒や茶色の生地は乾いた質感で、色味も落ちついている。全ての生地がリネンのように質感も色味も優しく柔らかく感じられてくる。オーバーサイズのラガーシャツは、ベージュとグリーンがボーダーに使われているが、グリーンがインドならではの色彩だ。青緑寄りで、わずかにグレーを含む落ち着いたトーンで、「ダスティーティール」と呼びたくなる。
そのラガーシャツに合わせたのは、フレアシルエットのジーンズ。生地は色褪せ、裾には星や花の蕾のような刺繍が施されている。右肩に掛けていた燻んだ茶色のジャケットは、ビーズとスパンコールを用いて刺繍をしている。模様は植物の蔦と花が連想されてくる。
このようにカーティック リサーチは、メンズファッションの中でもカジュアル領域の伝統に、インド伝統の工芸的テクニックと色彩感覚を組み合わせて、コレクションを構成している。
構成は王道だが、誰がその文化を扱うかで印象は変わる。他国のデザイナーがインドを参照すれば、文化の強調が前に出るか、逆に洋服の匂いが強くなる。しかしカーティック リサーチは、「洋服」と「インド」がほぼ等価に並ぶ。配分が崩れれば民族衣装に近づくが、その境界を越えない。
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ある国の文化を、他国のデザイナーが用いることで、新しい視点が入る。それは事実であり、新しい魅力にもなる。自国の文化を、その国の出身であるデザイナーが用いると、伝統色が強まる。その配分が伝統に傾きすぎなければ、また新しい魅力になる。それは、他国のデザイナーには難しい配分のバランスではないだろうか。
最初にカーティック リサーチを見たとき、「エスニック」という言葉が浮かんだ。しかし、すぐに違和感が残った。エスニックとは、誰にとっての異国なのだろうか。
クムラの服はインドを誇示しない。刺繍もビーズも、燻んだ青緑の色彩も、装飾として浮き上がるのではなく、洋服の構造の中に収まっている。だから民族衣装にならない。だからエキゾチックを目的とした服にはならない。
カーティック リサーチはインドを引用しているのではない。インドから洋服を作っている。その等価な距離感が、「エスニック」という言葉の前提を更新している。
〈了〉
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