AFFECTUS No.635
コレクションを読む #2
「ポスト アーカイブ ファクション(Post Archive Faction、以下PAF)」は、ストリートの文脈を解体し、近未来的なビジョンを創り出すブランドだ。そのPAFが、クラシックメンズウェアの聖地「ピッテイ・イマージネ・ウォモ(Pitti Imagine Uomo)」に招かれたと知った時、高揚感を覚えた。
▶︎ポスト アーカイブ ファクションを文脈的に捉える|AFFECTUS No.254
文脈性がもたらす魅力──PAFの服に“惹きつけられる理由”を初めて言語化した原点のテキスト。
解体と伝統。ストリートとクラシック。アジアとヨーロッパ。
相容れないはずの領域が交差する──その交差点に、PAFは立った。
会場に現れたのは、ステンカラーコート、セットアップ、艶のあるラペル。
期待は裏切られたのか。それとも、もっと深く静かな方法で貫かれていたのか。
ピッティという格式の場で、PAFは、解体せずに挑む。
ショー会場はPAFらしい冷たいトーンの空間。天井から砂が落ちる演出を見せるが、大掛かりな舞台装置はない。削ぎ落とされたランウェイで発表された全35ルックは、PAFならではのダークカラーとスレンダーなシルエットで構築されたスタイル。一方で、曲線的なカッティング、ジップをカーブさせて取り付けるといったPAFではお馴染みのアプローチが抑制されていた。
代わって顕著だったのはクラシックなアイテムとスタイル。ファーストルックは、ステンカラーコートをベースにした黒のロングコート。セカンドルックは、テーラードジャケットとパンツのセットアップが登場する。ただし、PAFが伝統の服を伝統に忠実に作るわけがない。
人工的な光沢が艶やかな素材、ドレープでほのかに湾曲したラペル、ブラックやグレーなど無彩色のカラー展開。PAFのビジョンが、クラシックの伝統をすり替えていく。しかし、それはこれまでよりもささやかに、柔らかく、滑らかに。ピッティという場を尊重するデザインアプローチだ。
▶︎Show:Stein 2023AW
東京・青海の静かなビルで行われた、シュタイン初のランウェイショー。リアルな違和感が服に宿った、その一夜を記録するレポート。
もちろん、シグネチャーのテクニカルジャケットも発表された。落ち着いたトーンの色、マットな質感の素材とフードで襟元を飾ったそれは、PAFの正装と呼ぶにふさわしい。クラシックとは文化が変われば、変わるもの。ある人物にとってはジップブルゾンが、スーツと同様の価値と格式を持つことだってあるはずだ。
ピッティ閉幕後から本格的に始まった2026SSシーズン。本稿執筆時点でメンズのパリ・ファッションウィークが開催中だが、ミラノとパリで発表された各コレクションを見ていると、トレンドは「クリーンなシンプル」がさらに進んだ印象を受けた。簡潔に作られた服の美しさが尊重される時代が訪れている。従来なら、それは「ミニマリズム」と翻訳した方がいいのだろう。
しかし、現在のクリーンなシンプルは、かつてのミニマリズムが見せていた冷たさはない。シルエット、色使い、チェックやストライプといった伝統の素材も使う、優しく柔らかく見せる服とスタイル。ソフトなタッチが現代のミニマリズムとして現れている。
PAFは現代の潮流にノイズを響かせるブランドだと言えよう。テーラードジャケットを軸とした「ザ ロウ」のミニマルウェアとは違い、新世代の日本ファッションを発信するブランド、「オーラリー(Auralee)」や「シュタイン(Ssstein)」のクリーンなシンプルとも一線を画す。PAFは時代に名を刻むことを望まず、時代の「合間」に存在するような服だ。ピッティではクラシックに重心が傾いた分、PAFの美意識が洗練されて現れた。それは根本にエレガンスがあることも意味する。
ショーのフィナーレ、一列に並び歩くモデルたちの姿は儚げで憂いを帯びていた。ジップやカッティングなど工業的な技術が際立つ服の裏側には、感情が隠れている。
〈了〉
▶︎ゴースト・イン・ウェルダン|AFFECTUS No.287
“語られない感情”は、服のどこに宿るのか。静かなディテールと黒のテクスチャーが、モードに残された気配を引き出していく。