Children of the discordance 2026SS Collection

クラシックメンズファッションの総本山「ピッティ・イマージネ・ウォモ(Pitti Imagine Uomo)」。第108回の場に「チルドレン オブ ザ ディスコーダンス(Children of the discordance、以下COTD)」が登場したと聞いて、ほんの少しの違和感と、強い興味を抱いた人もいるのではないだろうか。トラディショナルなスーツ文化を誇るこの地で、ストリートの文脈を軸にしてきたブランドが何を見せるのか。2026SSコレクションに示されたのは、いわば“歴史”との対話だった。

近年のCOTDは、ストリートからシックな静けさへと歩みを進めてきた。パッチワークやグラフィックを主軸にしながらも、輪郭を曖昧にしたグラデーションのような世界観をつくっていた印象がある。しかし2026SSコレクションは、明らかに“構造”が前に出てきた。なかでも、象徴的だったのはテーラードジャケットの数々だ。ショート丈に仕立てられたジャケット、ポケットや生地がパッチワーク状に配されたジャケット、とりわけ印象的だったのは、焦げ跡のような布にビジューが散りばめられたジャケットだった。

焦げ跡のような布に、言い訳めいたビジューが散りばめられている。「黒い生地の傷みを少しでも“ましなもの”に見せたかった」。そんな声が、どこからともなく聞こえてくる。このジャケットは“美しい”のではなく、“美しくしようとした痕跡”なのかもしれない。

発表されたジャケットはすべて、「伝統を着る」という行為への異なる答えを提案していた。

だが、それはクラシックに対する反抗ではない。むしろ、伝統へのある種のリスペクトが土台にあるからこそ、そこに「ズレ」が浮かび上がってくる。通常なら綺麗に見せるはずのクラシックを、激しいパッチワークや布の断ち切りをあえて露出させる作りは、仕立てという営みに敬意を払いつつ、その歴史を少しだけ捻ってみせている。たとえば、ファーストルックを飾ったブラックジャケットは、身頃と袖の切り替えによって、構築的であると同時に解体的でもある。そのアンビバレンスこそが、今季のCOTDの核心だった。

さらに印象的だったのは、“西洋的な正統”に対して、“アジア的な反復”が並列的に差し込まれていること。刺繍、バンダナ、レイヤード、メッセージパッチ──そこにはどこか「祈り」に近いものすら感じられる。服は単なる表現手段ではなく、文化を編み直すメディウムとなっている。西洋の直線的な歴史観に対し、幾重にも折り重なる布が語るのは、分岐し、循環し、ときにやり直されるような時間感覚だ。1枚のジャケットが持つ構造線は、単に縫製のためにあるのではなく、過去と現在を繋ぎ直す“縫い目”そのものなのだ。

だからこのコレクションは、「伝統を壊す」ものではない。むしろ、「伝統を複数化する」ものだと言える。西洋のフォーマルウェアという単線的な歴史に、アジアの手仕事やストリートの言語を縫い合わせていく。それは対立ではなく、共存でもなく、「隣り合わせの異物」を肯定する構えである。そして、その構えは、たとえば「パンク」や「ミリタリー」を単なる記号にせず、個々の背景ごと保存しようとする態度にもつながっていく。

ピッティに現れたCOTDは異物だった。だがその異物性こそが、クラシックの中心に新たなズレを生み出す契機となる。ズレはノイズではない。ズレこそが、新たな歴史の始まりである。

Official Website:childrenofthediscordance.com
Instagram:@children_of_the_discordance