2026年の春夏、ビッグシルエットは終わるのか?

AFFECTUS No.637
ムーブメントを読む #1

ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が手がけた初の「ディオール(Dior)」メンズコレクションは、2026SSシーズンという一季節にとどまらず、ファッションの潮流を静かに変える予兆を孕んでいた。各メディアでは称賛が相次ぎ、SNSでは「プレッピー」の再解釈に対する肯定的な声が飛び交った。しかしその高揚の裏で、もっと根本的な変化、服の「かたち」そのものに対する価値観が、静かに転換し始めたように思う。

▶︎ラフ・シモンズが送る21世紀最初のビッグシルエット
スリム全盛の時代に、シモンズはビッグで返答した。

観察の出発点は、シルエットの極端なコントラストにある。ボトムには、ディオールのアーカイブを思わせる布地が折り重なった立体的なパンツが多く見られた。その一方で、上半身、特にジャケットの造形は、明確にスリムかつコンパクトだった。肩はぴったりとフィットし、ウエストにはなだらかなシェイプ、袖丈は手首できちんと止まり、ドロップショルダーやオーバーサイズの意匠は皆無に等しかった。

「ビッグシルエットの時代は、終わるかもしれない」

その予感は、コレクションを見進めるごとに強くなっていく。

2026SSシーズンの他ブランドを俯瞰しても、シルエットのスリム化は確実に進行している。まだ極端な変化ではないが、「スリムとビッグの掛け合わせ」は、ここ数年と比べて明らかに「ビッグ」が引き算されているのだ。全体がルーズに崩れるバランスは姿を消し、フォルムには「締まり」が戻りつつある。ビッグシルエットの全盛期が終わり、次のフェーズが始まろうとしている。

この変化を一過性のトレンドとして受け流すには、ディオールの影響力はあまりに大きい。というのも、ファッション業界には一つの明確な構造があるからだ。

ファッションウィークとは、デザイナーたちによる「研究発表」の場である。新しいシルエット、新しい素材、新しい文脈。それらは必ずしも直接消費者に届けられるものではない。むしろ、その先にあるのは「解釈」であり、「翻訳」である。

▶︎オンラインで服を買うことが、デザインに与える影響とは何か
“似合う”ではなく、“価値観への共感”で服を選ぶ時代は、あのとき予感したとおり現実になったのか?

パリやミラノで披露された実験的なルックは、まずバイヤーやプレス、そしてアパレルメーカーの企画担当によって読み解かれる。そうして、より日常的なアイテムへと再構築されていく。ランウェイのビジョンは、市場に適したフォルムへと翻案され、やがて私たちの手の届くショップに並ぶ。それが、現代ファッションの循環構造だ。

この構造において、アンダーソン×ディオールという組み合わせは、最も多くの影響を与えるポジションにある。ゆえに、2026年の春夏、あるいはその翌年には、スリムなジャケットやブルゾン、シャツの数が確実に増えていくのではないだろうか。反対に、オーバーサイズ一辺倒だったこれまでのトレンドは、緩やかに後退していく予感がする。

もちろん、すぐにビッグシルエットが消えるわけではない。けれど「次の形」が明確に提示されたことで、時代は静かにシフトを始めた。ストリートがランウェイで猛威を振るった時代から約10年。ファッションのサイクルから考えれば、妥当な時期が来た。

もし、あなたのクローゼットに、ここ数年出番のなかったスリムな服が眠っているのなら、そろそろ陽の目を浴びる準備をしてもいいかもしれない。2026年の春夏は、スリムの復権に向けた助走期間。1年後の夏、そのとき「流行」と呼ばれるものは、果たしてどんな「かたち」をしているのだろう。

〈了〉

▶︎フラットデザイン、SNS、コンセプト
似合うより、“わたしらしい”を選ぶ時代。その選択は、十分に合理的だ。