文化を掘り起こし、世界へ翻訳する LVMHプライズ2025とソウシオオツキ

AFFECTUS No.655
ムーブメントを読む #3

LVMHプライズ2025のグランプリは、大月壮士が2015年に設立したメンズブランド「ソウシオオツキ(Soushiotsuki)」が受賞した。「ビジネス・オブ・ファッション(Business of Fashion)」によれば、プライズ創設者のデルフィーヌ・アルノー(Delphine Arnault)はこう語っている。

▶︎ここにダブレットという名の本物が誕生した
日本のLVMHプライズ受賞の原点、異質で異様なダブレット。

「彼は感情とノウハウを表現していました。テーラリングの構築は非常に緻密で、素材の調達の仕方にも独自性がある。そして何より、そこに創造の精神が宿っています」

審査は「ほとんど全員一致」だったという。

ジョルジオ・アルマーニ(Giorgio Armani)のテーラリングに着想を得た1980年代を思わせるスーツスタイルは、審査員だけでなく海外メディアからも高い評価を受けた。

ソウシオオツキのスーツは独特だ。アルマーニを参照しつつも、立ち上がるイメージは日本の「昭和」に近い。バブルと呼ばれた1980年代の日本では、イタリアンブランドのスーツが富の象徴だった。だが、ソウシオオツキのそれは華美さからは遠い。むしろ当時の日本人に馴染む色調とシルエットをまとっている。ヨーロッパを起点としながら、日本のスタイルに結びつけていく。その交差点にこそ、彼の独自性が刻まれている。

今回のLVMHプライズのファイナリストを見渡すと、その多くが自らの人生や環境、文化を出発点にしていることがわかる。育った土地の記憶や家族の歴史、社会との関わりが、それぞれの服に刻まれていた。

▶︎牧歌的で前衛的なコッキ
民族・幼少時代・クラフトを複合する日本の新世代。

北欧では自然やクラフトへの眼差しが、アフリカでは布や民族的モチーフが、南米では土着の感覚や社会問題が。地域によって異なる表現は、そのままではローカルな響きにとどまる。しかし、若いデザイナーたちは、それを「翻訳」する。グローバルな観客に届く言葉へと変換し、普遍性へと接続していく。

ここで思い出されるのは、一時期大きく議論を呼んだ「文化の盗用」問題だ。かつては他者の文化を借用し、演出することがあった。しかし今、評価されるのはその逆だ。デザイナー自身が内側から文化を掘り起こし、自らの言葉で世界へと翻訳していく。その姿勢が、新しい普遍を形づくり始めている。

自身が培ってきた「技術」を柱に、ブランドを立ち上げるデザイナーもいる。2025AWシーズンに始動した「べメルクング(Bemerkung)」の池田友彦は、「コム デ ギャルソン オム プリュス(Comme des Garçons Homme Plus)」で約8年間パタンナーとして経験を積んだ。その背景から生まれるのは、シャツやTシャツといった普遍的なアイテムを、緻密なパターン操作によって実験的に組み替えていくアプローチだ。

池田の服には、トラディショナルな要素を端正に仕上げる精度と、実験を成立させる大胆さが同居している。そこには「技術」が単なる職能ではなく、デザインの核として機能していることが見て取れる。

現在、文化、伝統、そして技術といったデザイナー自身のアイデンティティに根ざした服が個性を放っている。ファッションを一つのスタイルでくくり、時代を語るのは、もはや新しくない。むしろ各地の歴史や文化を媒介にし、それぞれの言語で普遍へ差し出すこと。そこにこそ、これからの潮流がある。

〈了〉

▶︎ラルフローレンはアメリカファッションの愛すべき拠り所
変わらないことにこそ宿る、普遍のエレガンス。