AFFECTUS No.659
コレクションを読む #9
ファッションブランドは固有のデザインがあってこそ認知され、人気を獲得する可能性が高まる。布帛かニットか、プリントかシルエットか。得意分野はブランドごとに異なる。中でもデニムを象徴とするブランドは多い。「マルケス アルメイダ(Marques Almeida)」もそのひとつ。2011AWのデビュー以来、デニムがアイコンとして注目されてきた。
▶︎複雑さを漂白する──ロエベで描かれるアンダーソンの知性
一見すると手の込んだ服。それでも、不思議とクリーンに映る2019SSのロエベ。
マルケス アルメイダのデニムは、クリーンさとは無縁だ。生地端をほつれさせ、ブリーチ加工で綾織生地の表情にダメージを加える。そして最後に待っているのがパターンメイキングである。
フリルやフレア、ティアード。広がりのある造形で色褪せたデニムを仕立てる。だが、その先にあるのはフェミニン像ではない。完成したウェアは、むしろ身体を艶やかに際立たせる。ティアードドレスは柔らかなシルエットの奥に、どこかエロティックな気配を漂わせていた。
つまり、このブランドのデニムには三重の仕掛けがある。加工で生地にダメージを与え、フォークロア的シルエットをボディコンシャスへとねじ曲げ、そこにパターンで歪みを加える。根底にあるのは「複雑さ」だった。それがマルケス アルメイダのイメージでもあった。
しかし、近年その象徴が揺らぎ始める。
コレクションはエレガンスへと軸を移し、ドレスが増えた。カジュアルだったルックは次第にドレッシーに変わり、ブリーチを施したブラックデニムですら、オートクチュールを思わせる輪郭を描き始めた。明らかにブランドは新しいフェーズへ進もうとしていた。
そして、2026SSコレクション。そこにあったのは変化ではなく「変貌」だった。ほとんどのルックがドレス。シャツとパンツのルックもわずかに見られるが、どれもかつてないほど優雅だった。一体何が起きたのか。そう思わされるほどの変貌。しかしそれは否定ではない。むしろ驚きだった。これほど澄んだ美を描けるのかと感嘆させられるほどに、ドレスは完成されていた。
顕著なのはパターンメイキングだ。これまでの複雑さから一転、驚くほどシンプルに。一枚布を身体にまとわせ、布が自然に生む揺らぎをそのまま尊重する。そこには「ドレープの魔術師」マドレーヌ・ヴィオネ(Madeleine Vionnet)を思わせるフォルムが息づいていた。
▶︎クリストバル・バレンシアガのウェディングドレス
装飾を排した直線の美が、究極のエレガンスを形作る。
素材も軽やかだ。薄手で柔らかなテキスタイルが多用され、光に透けて春夏の空気を纏う。
フラワープリントも印象的だった。ヴィンテージカーペットを思わせる総柄もあったが、主役は別だ。水彩画のように滲む花のモチーフ。生地に散らすのではなく、ドレスやシャツをキャンバスに見立てて、一輪の花を大胆に描く。歩くたびに絵画が揺れるような、そんな美しさを立ち上げていた。
もちろんデニムも登場したが、わずか4ルック。いずれも広がりのあるシルエットに仕立てられ、そこには優雅さが漂っていた。
かつての「複雑さ」は影を潜め、そこに姿を現したのは「シンプルさ」だった。まるでドレス市場に殴り込みをかけるかのように。
これほど大胆な変貌を遂げるブランドは稀だ。だが、マルケス アルメイダのドレスは重さに沈まず、軽やかな気配を保っている。日常に溶け込むわけではない。けれど、いつでも眺めたくなる。そんな存在感を放つ。
マルケス アルメイダはどこまで変貌を続けるのか。次のシーズンが待ち遠しい。
〈了〉
▶︎「フランスか、アメリカか」マイケル・ライダーは二者択一を選ばない-セリーヌ 2026SS
伝統と革新を横断し、ブランドの輪郭を捉え直す試み。