デムナ・ヴァザリア体制の始まり-グッチ 2026SS

AFFECTUS No.660
コレクションを読む #10

「グッチ(Gucci)」はどこへ向かうのか。

トム・フォード(Tom Ford)の退任から20年、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)の退場から3年。混乱を経たブランドに託されたのは、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)だった。3月にヴァザリアのアーティスティック・ディレクター就任が発表されてから半年。ついに新生グッチがデビューした。2026SSコレクション「La Famiglia(家族)」は、その出発点を示している。

▶︎グッチが選んだのは、エディ・スリマンではなくデムナ・ヴァザリア
株価を揺らしたサプライズ人事。その真意とヴァザリア起用の意味を問う。

発表形式はショーではなく、ルックと映像によるプレゼンテーションだった。ここではルックから受け取った印象に絞って語っていきたい。

まず思い出されたのは、トム・フォード(Tom Ford)時代のグッチである。前任者サバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)退任後、スタジオチームが手がけた2025AWと2026Resortはいずれもフォード的エッセンスを色濃く映していた。ゴージャスで挑発的なセクシーさ、ファーやレザーの重厚感、グラマラスなエレガンス。特にResortは、かつてフォードがショールームとして用いた15世紀建造の建物で開催され、ブランド全体が「原点回帰」のムードを漂わせていた。

▶︎伝統の美を愛でるセンスを持つステファノ・ピラーティ -前編-
トム・フォードの後任としてサンローランを率いたデザイナー。クラシックを基盤に歩んだその堅実な軌跡。

ヴァザリアのデビューも、その流れを踏襲していた。大ぶりのサングラスやリュクスなファー、肌を覗かせるスタイリングなど、フォードが築いたグッチの様式をなぞりながらも、挑発性をやや抑え、クラシックに寄せた仕立てへと調整していた。ヴァザリア自身の影を強く感じさせたのは、誇張された肩のウィメンズコートや、野性味ある色調のジーンズなど、ごく限られた部分にとどまる。「バレンシアガ(Balenciaga)」就任時のような鮮烈さではなく、ブランドの再起を優先した静かな立ち上がりだった。

その印象を一言でまとめれば「控えめ」である。

刷新よりも調整。大きく揺れた舵を整えることを優先したのだろう。ただし、ここに一抹の不安も覚えた。ケリング(kering)が7月29日に発表した2025年上半期の決算によると、グッチの売上は前年同期比25%減の30億ユーロ(約5138億円)。前年も18%減だったことを思えば、下降の速度は加速している。フォード流エレガンスの復活が市場に届くのか。丁寧なアプローチで間に合うのか。その問いが頭をよぎる。

2004年にフォードが去ってから二十年。ファッションの周期性を鑑みれば、いま再びフォード的グッチが市場で受け入れられる可能性もあるだろう。だが、それは確証ではない。

ヴァザリアのグッチは、まだ序章にすぎない。世界を一変させたデザイナーが、文脈を丁寧になぞるだけのコレクションに終始するとは限らない。いつかどこかで、その個性を爆発させる瞬間があるかもしれない。かつての輝きに寄り添うことが、未来を切り拓くことになるのか。あるいは、まったく別の物語が始まるのか。

〈了〉

▶︎デムナ・ヴァザリアの現在地
怒りを快感へと変えた破壊的衝撃。エレガンスを手にした彼は、何を見せているのか。