メンズウェアの影が滲む-シャネル 2026SS

AFFECTUS No.663
コレクションを読む #13

マチュー・ブレイジー(Matthieu Blazy)の「シャネル(Chanel)」がデビューした。この日を待ち望んでいた人たちはきっと多いだろう。「ボッテガ ヴェネタ(Bottega Veneta)」で証明された彼の手腕が、パリが誇る伝統のメゾンでどう発揮されるのか。期待に違わず、2026年春夏コレクションは見事だった。ブレイジーの手によってシャネルは、「保守的であり最先端」という新スタイルを手に入れた。

▶︎マチュー・ブレイジーは、シャネルに実験と挑戦を持ち込むだろうか
就任当初に語られた期待。その答えは、今回のコレクションにあった。
AFFECTUS No.584 (2024. 12. 22公開)

印象的だったのはシルエットだ。

カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)やヴィルジニー・ヴィアール(Virginie Viard)の時代には見られなかったマニッシュな切れ味がある。メンズラインを本格的に立ち上げてもいいのではないか。そう思わせるほど、直線的なカッティングと構築的なフォルムが、シャネルの象徴であるコンサバスタイルに溶け込んでいた。

ファーストルックのショートジャケットは、硬質でフラットなショルダーラインが逞しく、身頃はスクエアなシルエットを描く。パンツはストレートに落ち、無駄のないラインが潔い。続くルックでも、同じくショートジャケットとパンツのセットアップが登場。パンツはワイドな分量へと変化したが、あくまでメンズのパンツのような“繊細さの欠如”が心地よい緊張を生んでいた。

ブレイジーのパンツは、女性の服というより、男性のパンツを女性の体に合わせてわずかに調整したものに見える。ココ・シャネル(Coco Chanel)は、女性がパンツを穿くことがタブーとされた時代にそれを実践し、人々を驚かせた。ブレイジーはその物語を現代に翻訳した。時代に抗う精神を、形そのもので再現している。

▶︎マシュー・ブレイジーは刷新を図るのか
ボッテガ ヴェネタ時代に見えた“更新”の手法が、いまシャネルでどんな形を取るのか。
→ AFFECTUS No.386(2022.12. 11公開)

シャネルの象徴的アイテム、膝下丈のスカートにはラップ構造が見られた。布が重なり合うことで自然に生まれるスリットから脚がのぞく。だがそこに装飾的なセクシュアリティはない。形と丈がコンサバティブであるために、色気を大きく軽減させ、むしろスポーティな軽さを立ち上げている。シャネルの原点である「動きやすさ」を、ブレイジーは静かな方法で呼び戻した。

コレクション全体はスレンダーなラインで統一されていた。しかし、シャツやジャケットはワイドに分量を取っているデザインが多く、ボディラインを強調しないフラットな輪郭が、男性的な佇まいを形づくってもいた。

ツイードスーツには切りっぱなしの仕上げが施され、紡毛糸のほつれが豊かな表情を見せる。裾で揺れる太い糸は繊細さよりも粗野さを印象づけ、ここでもブレイジーは服をマニッシュに導く。

彼がシャネルに持ち込んだのは、メンズウェアの文法だった。

色彩も素材もアイテム構成も、シャネルそのもの。だがその輪郭には、これまでになかった直線と粗野な空気が走る。スタイルは伝統を尊重したもの。しかし、スタイルから受けるイメージは新しい。ブレイジーは、歴史あるブランドを刷新するための“再解釈の教科書”のようなコレクションを見せた。その完成度は、期待を軽く上回るものだった。

デビューコレクションとしての完成度は高い。もちろん、これはまだ第一歩にすぎない。だが、この一歩が明確に示している。ブレイジーを選んだ判断は、間違っていなかった。そう確信できる幕開けだった。

〈了〉

▶︎パンキッシュなシャネル
ヴィルジニー・ヴィアールが見せた静かな刷新。スタイルを変えることなく、スタイルを新しくする。
→ AFFECTUS No.212(2020.7.14公開)