AFFECTUS No.667
コレクションを読む #16
「サカイ(Sacai)」の造形アプローチが変化していることは、これまでも触れてきたが、今回の2026SSコレクションでその転換がより明確になった。サカイといえば、複数の服をレイヤードしたような重層的パターンワークで、造形の厚みと力強さを生み出す手法が特徴だった。濃密で、時に過剰ともいえる構築性。それがブランドの個性を形づくっていた。
▶︎日常の中に非日常を作るサカイ
複雑さの重層化。かつてのサカイを知る。
→ AFFECTUS No.93(2018. 10. 5公開)
しかし今季、その複雑さは意図的に手放されている。代わりに現れたのは、「最小の要素で最大の迫力を出す」という、新たな造形の方法論だった。たとえばシャツやスカートの裾をペプラム状に広げる。それ自体は決して珍しい操作ではない。だがサカイは、その分量を極端に拡張し、布が波打ち、空気を孕んで動くように仕立てる。布地が生命を持つように、呼吸するように揺れる。
とりわけ印象的だったのは「裾」の扱いだ。ジャケットやシャツの裾が延長され、折り返されて肩に留められる。その奇妙な反転構造は、スカートやパンツにも反復されていた。裾という端部を造形の主役に据えることで、服の上下関係が撹乱される。重力の方向すら、曖昧になる。
もうひとつ注目すべきは、パッチワークの再解釈である。一般的にパッチワークは異素材や異色の布片を継ぎ合わせて構成されるが、サカイのそれは一種類の素材、デニムならデニム、レザーならレザーのみを用いる。同質の中に「ズレ」を発生させることで、異化を生む。
コレクションの中盤に登場したGジャンとデニムスカートは、その象徴的な例だ。断片化されたパーツを、あえて位置をずらして再縫合する。縫い目のわずかなひずみが、構造そのものを揺らがせる。デニムの表情はそのままに、服はどこか非現実的なゆがみを帯びる。そこに生まれたのは、素材ではなく構造のパッチワークだった。
▶︎マルタン・マルジェラ論 -1989AW-
構造を問うことから、ファッションは始まった。
→ AFFECTUS No.102(2018. 10. 23公開)
2026SSのサカイを見て想起したのは、「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」の近年の造形である。コム デ ギャルソンの服もまた、少数の要素を極大化することでダイナミックな迫力を生み出す傾向がある。しかし、完成した形は抽象性へ完全に振り切れ、布の彫刻と呼ぶべき造形を見せる。一方、サカイはテーラードやトレンチ、デニムといった「服の原型」を保持しながら、その構造を改変している。抽象へ向かうのではなく、服のリアリティを保ったまま、構造だけをずらす。
つまり今回のサカイは、デザインの文脈ではなく、「手法そのものを文脈的に再解釈した」コレクションだった。服の形式ではなく、作り方の思想を更新する。造形の根拠を問い直す。そこにこのブランドの知性がある。
デザイナーが自らの代表的手法を転換することは、容易ではない。だが阿部千登勢はそれを行った。停滞を拒み、変化に踏み込む。その決断の強さこそが、モードの精神を体現している。
〈了〉
▶︎ヴァージル・アブロー論
変化の時代に、デザイナーは何を自分の核と呼べるのか。
→ AFFECTUS No.70(2018. 6. 26公開)
