AFFECTUS No.674
コレクションを読む #20
北欧デザインといえば、クリーンでミニマルなタッチが真っ先に浮かぶ。だが近年の北欧ブランドの多くは、従来のスカンジナビアデザインとは一線を画す方向へ向かってきた。シルエットはシンプルだが、服の輪郭の内部では素材・色彩・ディテールが調和を拒み、あえての混沌を描き出す。その先駆けが「アクネ ストゥディオズ(Acne Studios)」だった。
▶︎コペンハーゲンから時代を変えるブランドは誕生するか
北欧デザインの「クリーン」を裏返し、進化の輪郭を探る。
→ AFFECTUS No.402(2023. 2. 8公開)
当初、ジョニー・ヨハンソン(Jonny Johansson)が率いるストックホルムブランドは、クリーンなジーンズを核にしたカジュアルウェアが特徴だった。だが、ベーシックを基盤とするコレクションは気づけば、素材の表面加工を全面に押し出す実験的な服へと変化していた。2024SSコレクションでは、まるで「別の惑星のグランジ」と言いたくなるほど、不調和を前提とした世界観が描かれていた。
しかし、だ。
アクネ ストゥディオズは2026SSシーズンで明確に変調する。
▶︎素材に毒々しさをそっと混ぜるセファ
ミニマルの静けさに、異物が微かに沈む北欧の現在。
→ AFFECTUS No.484(2023. 12. 13公開)
6月に発表されたメンズコレクションには、レトロなミニマルファッションという服装史の文脈を混ぜた“削ぎ落とし”が見られた。艶めく光沢や箔プリント的な表面加工が近未来感を帯びさせる一方で、1970年代的なプリント生地とスレンダーなシルエットが時間を過去へと巻き戻す。アクネ ストゥディオズが得意とする混沌は、時空を跨いで擦れ合う“ファッションそのもの”として立ち上がった。
そして10月。ウィメンズコレクションでは、そのリアル回帰が決定的になる。
大ぶりの薄茶サングラス、チェックのノースリーブシャツ、スリムでありながら緩さも残すパンツ、ロカビリーなポインテッドトゥシューズ。焦茶のテーラードジャケットを肩に掛け、両耳には大きなイヤリング。短髪のモデルからは、アメリカの伝統に根ざした「アメリカーナ」が匂い立っていた。
リーゼントのモデルは、オーバーサイズでヴィンテージ調のジャケットに袖を通し、大きく胸元の開いたカットソーを合わせ、表面が燻んだストレートパンツを穿く。その佇まいには“音楽性”がある。エルヴィス・プレスリーと呼ぶのは時間を遡りすぎかもしれないが、そこに立ち上がる懐かしさは否定できない。
使われるチェック柄は、90年代グランジではなく、もっと古いアメリカの布地の記憶に近い。ヨハンソンは時代を引用しているのではなく、布の歴史そのものをゆっくり呼び戻しているようだった。
女性モデルも、黒髪をリーゼント風に撫で付け、タンクトップの上からドロップショルダーのライダースジャケットを羽織り、適度に緩いブラックパンツを穿く。コンサバな膝下丈スカートかと思えば、その素材は完全なトランスペアレント。ウエストに入れたチェックシャツの裾、大腿部の肌──本来なら布が隠すはずのものが、あえて透けて見える。袖口をカットオフしたノースリーブは、切りっぱなしの繊維が揺れていた。
そして、リアルと実験の縫い目の間に、アクネらしい“異物”がわずかに残る。PVCのように湿った光沢のデニム、酸化したように曇るレザー。リアルへ接近しているように見えても、その違和感がアメリカーナに古い音楽の匂いを混ぜていく。
2026SSコレクションには、久しぶりにアクネ ストゥディオズの中に「ファッション」が戻ってきた感触があった。
リアルなスタイルへと舵を切り直したヨハンソン。その装いは、北欧的クリーンさとは訣別しながらも、懐古的で、しかし挑発的なアメリカーナを基調にしている。ミニマリズムへと時代が移行するなかで、アクネ ストゥディオズは「シンプル」という文脈に寄り添いながら、ヴィンテージ的時間感覚で現代から距離を取る。リアリティへ回帰したように見えても、ジョニー・ヨハンソンはやはり実験的だ。
〈了〉
▶︎ラフ・シモンズのウィメンズ
9年前に顕現された才能。伝統のエレガンスに、違和をひとしずく混ぜる。
→ AFFECTUS No.8(2016. 7. 24公開)