AFFECTUS No.676
デザイナーを読む #4
シンプルな服には大きく分けて2種類がある。モダンさが匂うものか、ノスタルジーを呼び起こすものか。エヴァン・キノリ(Evan Kinori)は間違いなく後者の服を作るデザイナーだ。長い歳月、土の中に埋もれていたような味わい深さ。農夫が愛用してきた服を彷彿させる素朴さ。ブラウン系の色を基調にした服が多く作る キノリは、洗練されたメンズウェアとは別の価値を教えてくれる。
▶︎カルロッタ・バレラ、性別を超える服はどこへ向かうのか
前回の〈デザイナーを読む〉は、スペイン・マドリードの新星を紹介。
→ AFFECTUS No.654(2023. 9. 10公開)
シワがひとつもないプレスの効いた白いシャツを好む人もいれば、洗い晒しでシワクチャの白いシャツを好む人もいる。清潔感に溢れた真っ白なスニーカーを好む人もいれば、燻んだ汚れが染み付いた白いスニーカーを好む人もいる。どちらが良いという話ではなく、趣味趣向の話に過ぎない。「白」という言葉一つとっても、服は異なる価値が存在し、異なる価値の数だけ、その服を愛する人たちが存在する。ファッションに好き嫌いはあっても、正解不正解はない。
キノリは服に時間を刻む。服を味わいたい人たちのためのブランドである。
▶︎ジル・サンダーとヨーガン レール
強い刺激ではなく、ゆっくりと立ち上がる価値を追う。
→ AFFECTUS No.184(2020. 1. 14公開)
イタリアのルッカで編み込まれ、リサイクルカシミヤ75%、ウール25%をブレンドしたクルーネックセーター。杢糸は細くも太くもない輪郭を描く。首元が狭めのクルーネックからわずかに覗く、ダークブラウンが乗ったチェックシャツの襟。合わせるボトムは、同系色で、ワイドシルエットのコーデュロイパンツだ。
日本の一宮で織られた、ウールとコットンの混紡生地。離れて見ると一色に沈んで見えるが、目を近づけると細かい茶のハウンドトゥースが途切れなく続く。その生地を使ったシャツは、前身頃の左右に大きなフラップポケットを備える。一般的な胸ポケットよりも下に取り付けられており、重心が落ちて見える。身幅と袖幅には余裕があり、着丈は控えめに短い。布が体に沿うというより、四角い形のまま、ゆっくりと落ちていく。
自身の名を冠したブランドを設立したキノリは、少年時代をニューヨークで過ごし、スケートボードを中心に様々なカルチャーに触れた。現在はサンフランシスコを拠点に、静かに服を制作し、発表している。創作姿勢は、轆轤の前で形が決まるまで待つ陶芸家を思わせた。彼のコレクションは、変化を価値とするファッションとは逆の方向を進むものだ。押し進む時間の流れを押し留める服。心と身体を、日々の忙しさから少し距離を起きたい時に、袖を通したくなる服。
素材は丁寧に吟味され、パターンは複雑さとは無縁の簡潔なもの。フランネル、ベルベットやへリンボーンなど、服装史伝統の生地を積極的に使う。色はブラウンを軸に、グレー、ブラックなどの基本色。ただし、濃淡を使い分けることで、色に淡さを滲ませる。
アイテムはオーソドックスなものばかり。基本から逸脱したフォルムデザインは見られない。量感と輪郭の調整で、服の形を決定する。
目と肌に負担をかけない色彩と素材と形。変化は最小限に、そして慎ましく。
エヴァン・キノリはファッションの時間を逆行していく。
〈了〉
▶︎トレンドを本当に無視することはできるか?
逃れられない“時代の流れ”を、どう遊ぶか。
→ AFFECTUS No.611(2025. 3. 26公開)