AFFECTUS No.678
ムーブメントを読む #4
2025年11月27日、「ヒューマンメイド(HUMAN MADE)」が東京証券取引所グロース市場へ上場した。初値は公開価格の3,130円を9.9%上回る3,440円で、初日の終値は3,545円。上場時の時価総額は約812億円に達した。このニュースをきっかけに、ストリートウェアの市場規模について調べてみると、その数字の大きさに改めて驚かされる。Fortune Business Insightsの最新レポートによれば、2025年のストリートウェア市場は371.09億ドル(約5.6兆円)、2032年には637.14億ドル(約9.5兆円)まで拡大する見通しで、年平均成長率は7.89%となっている。
▶︎ストリートの知で興奮を呼ぶヒドゥン ニューヨーク
ストリートを読むという行為が生む興奮を、NY発の文脈メディアから探る。
→ AFFECTUS No.586(2024. 12. 29公開)
ストリートウェア由来のブランドが投資家の評価を得たことは、ストリートウェアの位置づけが、もはや単なる流行ではなく、強固なビジネス基盤を持つ巨大産業へと変わりつつあることを明確に示している。
では、なぜストリートウェアはここまで大きな市場になったのだろうか。
ストリートウェアの「形」に大きな変化は現れない。フーディやTシャツ、スウェット、デニム。ブランドごとに雰囲気は違っても、作っているものはそれほど変わらない。デザイナーズブランドのように、テーマを更新して世界観が大きく塗り替わることはほぼない。だが、この「変わらない服」であることが、市場を広げる要因になったのではないか。このシンプルな構造に目を向けることで、現状がはっきり見えてくる。
ストリートウェアは、形そのもので自己主張するのではなく、服に「乗せる情報」で価値をつくる。ロゴやグラフィック、音楽、コミュニティの空気。変わらない形は、それら多様なカルチャーを受け止める器として機能しやすい。服そのものが自己主張を抑える分、身につける人がどんな文化と属したいのかが自然と浮かび上がる。巨大市場になった理由は、デザインの核心ではなく、カルチャーにつながりたい人が世界中で増え、そのつながりを服がそっと受け止めたことにあるのではないか。ストリートは新しさではなく、参加する気持ちの広がりで静かに成長したように思う。
もう一つ大きいのは、「変わらないこと」自体が信頼につながったことだ。
▶︎2010年代後半のストリート旋風を振り返る 1
ノームコアからデムナへ。ストリートが時代を支配した背景を読む。全4回。
→ AFFECTUS No.325(2022. 4. 20公開)
「シュプリーム(Supreme)」のボックスロゴ、「ベイプ(BAPE)」の迷彩、「ステューシー(Stüssy)」のハンドライティング。いずれも変わらない服の形の上で、ブランドの象徴として機能している。ヒューマンメイドも同様に、アメリカンのベーシックを軸に、NIGOの世界観を表現したグラフィックが積み重なった。大きく姿を変えないことでブランドの「らしさ」が強化され、「変わらないこと=信頼」となる。ファッションの世界では「変化」が価値になることが多いが、ストリートウェアはその逆側に位置する。
このシンプルさはSNSと非常に相性がいい。画面の中では、服の細部よりも一目でわかることが力になる。ロゴや色、雰囲気だけで意味が伝わる服は、瞬時に広がりやすい。特にTシャツやフーディは、写真一枚で世界中の人に届く。服そのものの複雑さではなく、手の取りやすさと届きやすさがストリートウェアの成長を後押しした。
ストリートウェアは、トレンドを追いかけて大きく変わる服ではない。けれど、その変わらなさが、文化に触れたい気持ちや、どこかに所属したいという世界中の人々の思いを受け止め、積み重なってきた、その結果として、この巨大な市場が広がっていったのではないか。
ヒューマンメイドの上場は「変わらない服」が築き上げてきた文化的な信頼と、巨大産業としての市場価値が公的に認められた瞬間でもある。ストリートウェアはもはや、ファッションを揺るがすブームではなく、グローバルビジネスを動かす一つのカテゴリーとして定着した。私たちは今、その「変わらない服」が、世界のファッションとビジネスの常識を塗り替えていくさまを目撃している。
〈了〉
▶︎ストリートとクラシックの交差点に立つ-PAF 2026SS
変わらない形の先に待っていた、次の服。
→ AFFECTUS No.635(2025. 6. 29公開)