文化の盗用から、文化のライセンス化へ

AFFECTUS No.682
ムーブメントを読む #5

「プラダ(Prada)」が発表したサンダルが、インドの伝統的な履物「コルハプリ・チャパル」に似ているとして批判を受けた。文化の盗用ではないか、という声がインド国内外で広がった。この批判を受けて、プラダはインド側と正式な協業に踏み切る。

マハラシュトラ州とカルナータカ州の州政府が関与する職人支援組織と覚書(MoU)を結び、現地の職人が製作に参加する形で、サンダルを限定商品として発売する計画を明らかにした。商品は世界の直営店やオンラインで販売される予定だ。

協業には、職人の育成プログラムや技術交流も含まれている。一方で、商品の利益がどのように分配されるのかについては、現時点では明確に示されていない。報酬の改善は語られているが、利益そのものを共有する仕組みは、契約には盛り込まれていないとされている。

今回の出来事は、単なる謝罪や炎上対応では終わらなかった。批判をきっかけに、文化的背景を持つ技術やデザインが、契約と制度を通じて正規化され、商品として流通していく。その過程が可視化された事例である。

この出来事は「文化の盗用」という言葉で説明されることが多い。確かにその言葉はわかりやすい。しかし、この言葉だけで今回の出来事を捉え切れているだろうか。

プラダは批判を受けたあと、問題のアイテムを取り下げたわけではない。代わりに、契約を結び、協業という形へと進んだ。ここで起きているのは、「使ったか、使われたか」という話ではない。文化的な背景を持つ技術やデザインが、契約によって整理され、正規のルートに組み込まれていく。そのプロセスそのものが前面に現れた。

文化の盗用という言葉は、「禁止」や「排除」の議論へと向かいやすい。だが今回示されたのは、参照を止めることではなく、参照の仕方を契約によって定めるという選択だった。

文化は、もともと一つの場所や一つの集団の中だけで生まれてきたものではない。人の移動や交易、他者との接触を通じて、影響を受け、形を変えながら続いてきた。

インドの職人文化をはじめ、各国の文化もまた、周辺地域の技術や歴史的な出来事、宗教や装飾、他民族との関係など、さまざまな要素が重なり合い、現在の形がつくられてきた可能性がある。文化は常に変化の途中にあり、固定された姿を持たない。

それにもかかわらず、「文化の盗用」という言葉が使われるとき、文化は明確な境界を持つものとして扱われがちだ。誰のもので、どこからどこまでがその文化なのかが、最初から決まっているかのように語られる。

文化が混ざり合い、変化し続けてきたものだとすれば、いつから「これは私たちの文化だ」という線が引かれるのだろうか。

今回のプラダの事例で言えば、文化の盗用だという声が可視化されたあとに、文化の輪郭が整理されていったと考えることができる。その整理は、「使ってはいけない」という拒否ではなく、「使うのであれば、契約を結ぶ」という形で示された。

ここで文化は、共有され、参照されてきたものから、管理され、条件付きで使われるものへと姿を変える。文化は契約によって説明可能な形に置き直される。

この変化を、ここでは「文化のライセンス化」と呼びたい。

今回のプラダの事例が示したのは、文化的な参照そのものが止められたわけではない、という事実だ。文化をめぐる議論は、感情や倫理だけでは完結せず、制度や契約の問題へと移りつつある。

いま問われているのは、文化を使っていいか、いけないかではない。文化が、どの瞬間に、どのような形で「契約の対象」へと変わっていくのか。その過程そのものなのかもしれない。

〈了〉