AFFECTUS No.689
ムーブメントを読む #9
年齢は50歳の男性が、転職サイトに登録する。男性は考えた。どんなオファーが届くのか。登録早々、幾つもオファーが届いた。タクシー会社、建設会社、警備会社。男性はつぶやく。
「なるほど」
その男性は公認会計士の資格を持ち、会計士として第一線でキャリアを積んできた人物。現在も国内有数の会計事務所に所属している。経歴は転職サイトのキャリア欄にしっかり記入している。転職サイトに登録したのは、現在の転職市場を見てみたかったから。
社会は、あるラベルで括って人間を見る。社会はシステムと言い換えていい。システムは、その人間のことなんて詳しくは見ていない。知ろうともしない。50歳、男性、転職活動を始めた。それだけを見れば「転職するのは難しい」というラベルが貼り付けられ、そのような男性が転職しているケースが多い業界の会社からオファーが届く。年齢、性別、状況から安易に人物像を想像する社会は、人間の実像に関心がない。
ファッションもラベルを貼り付ける。ネクタイにスーツ、足元は革靴。スーツの形、生地の色、ネクタイのデザイン。それらで銀行員にも弁護士にも見える。白衣は、医者を想像させる。ルーズなシルエットのフーディとチノパン、スニーカーは「ヴァンズ(Vans)」。その姿を見れば、「ストリート」という単語が浮かぶ。真っ白なフリルのワンピースを着ていたら、脳裏をよぎる言葉は「ガーリー」や「フェミニン」だろうか。
社会が貼り付けるラベルと、ファッションで貼り付けられるラベル、同じラベルであっても、後者には嫌な感じがしない。それは、自分で選んだものだからだろう。他人から勝手なラベルを貼り付けられ、人間を見ようとしない行為は、気持ちのいいものではない。でも、ファッションは何を着るかで、社会のラベルを逸らす。
逆に言えば、どんなファッションを選べば、どんなラベルが貼り付けられるかが、決まってしまう。自分の実体と違う服を着た時、服に意味付けられたラベルの意味が生まれてしまう。ある事情、ある仕事によって、自分の実体とは異なるファッションを身につける人間はいるだろう。しかし、そのようなケースを除き、本来の自分とは合わないファッションを着た状態を想像してみて欲しい。それは心地いい状態ではない。
社会であれ、ファッションであれ、人間は自分の実体を塗り替えるラベルには、忌避、抵抗、心地の悪い手触りを感じる。ラベル自体は、悪くない。問題は、そのラベルが本人の実体と一致しているかどうかだ。
世の中は便利になっていく一方で、人間の実像は置き去りにされている。技術の進歩が、人間を見えづらくしている。ファッションは社会と連動していく。これからファッションは、個性化の時代に戻ろうとするのかもしれない。
〈了〉
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