ファッションをミステリアスにするキコ・コスタディノフ

AFFECTUS No.88

今、注目すべき若手デザイナーの名前をあげるとなったとき、キコ・コスタディノフの名前は必須になる。キコの経歴は、まさにニュースターと呼ぶにふさわしい華やかさだ。ロンドンの名門スクール、セント・マーティンズのBA(学士)とMA(修士)を卒業、在学中にはストリートの雄である「ステューシー」とコラボアイテムを発表し、それがロンドンの「Machine-A」、「Dover Street Market」(以下ドーバー)のNY店と銀座店でも扱われ、即完売という結果を出す。

セント・マーティンズ卒業後は、幾つかのオファーがあったにもかかわらず(「KIKO KOSTADINOV 機能美に包まれた、真のニューメンズウェア。」より」)、既存ブランドへの就職という道は選ばずに自らのシグネチャーブランド「キコ・コスタディノフ」をスタート。セント・マーティンズのMA卒業ショーで発表したコレクションをブラッシュアップさせたデビューコレクション2016AWは、ドーバーで即扱われるという若手デザイナーなら誰もが憧れる形を実現させた。

同時に、1823年創業の伝統を誇るイギリスの老舗アウターブランド「マッキントッシュ」との新プロジェクト「0001」(以降、シーズン毎に「0002」「0003」とナンバーが増えていく)のディレクターに指名される。それだけにとどまらず、スポーツブランド「アシックス」からも声がかかり、コラボスニーカーの発売まで実現させ、そのスニーカーも発売後すぐに人気商品となった。

これらのことを28歳(2018年現在)にして成し遂げているのが、ブルガリア出身のキコ・コスタディノフというデザイナーだ。僕がモードへの興味を持ち始めた2000年前後は学校卒業後に就職という道を選ばず、すぐにブランドをスタートさせるデザイナーが多かったが(とりわけアンドワープ王立芸術アカデミー出身者に多かった)、現在は有名ブランドでキャリアを積み、30代でシグネチャーブランドをスタートさせる傾向が強い。

その現代の傾向を考えると、卒業後すぐに自身のブランドを始め、まだ規模は小さいながらも早期に軌道に乗せたキコのキャリアは異質と言える。そして、キコが躍進していく姿は野心を燃やす若手デザイナーにとって理想とも言えるものだろう。実際のところ、キコも順調にキャリアを重ねてきたわけではなく、苦戦はしているのだが、それについては今回は述べるのを控えたいと思う。

もしキコのことを知らない方が彼のキャリアを読んだら、どのようなデザインを想像するだろう。イギリスの名門スクールであるセント・マーティンズ出身、コム デ ギャルソンが運営するドーバーで即時扱われるなど、そこにフォーカスするとモードの王道と言えるアグレッシブでアヴァンギャルドな服かもしれない。もしくは、マッキントッシュやアシックスとのコラボという点を見れば、実直な作りのベーシックでシンプルな服かもしれない。ステューシーとのコラボを知れば、ルーズシルエットのストリートウェアかもしれない。

そのどれもが正解と言える。キコがこれまでのキャリアで得たデザイン体験を集約したファッション、それがシグネチャーブランド「キコ・コスタディノフ」だ。

それでは、キコのデザインの特徴とはなんだろう。一言で言うなら「わかりづらさ」だ。特にシグネチャーにおいてはそれが顕著である。

例えば、現在ファッション界を席巻する「ヴェトモン」は、一目でインパクトを与える極端なまでに巨大なビッグシルエットという「わかりやすさ」があった。また、2018AWシーズンでラストコレクションを迎える「ゴーシャ・ラブチンスキー」にも見た者の記憶にフックをかける「ダサさ」が、象徴的にデザインされていた。

しかし、キコのシグネチャーにはそういった強烈なインパクトをもたらす特徴的デザインがないとは言わないまでも、かなり弱い。特にそれは、シグネチャーのショーデビューとなった2017SSと次シーズンの2017AWは顕著だ。

キコのシグネチャーはワークウェアをベースに、色使いもブラックやネイビー、グレーなどベーシックかつダークカラーが多い。シルエットも程よくスリムなリラックスシルエット。モードブランドによく見られるアグレッシブな造形はなく、ビッグシルエットのトレンドにも乗っていない。ディテールも凝ってはいるが、日本のモードブランドのように複雑ではなく、見た瞬間に惹かれる大胆さは薄い。ロゴやプリントといった現在トレンドの装飾性も皆無に等しい。

この文面だけ読むと、いったいどこにブランドの魅力があるのかと思われるかもしれない。たしかに、私も書いていてそう思う。キコの服は、一目で強烈に目を惹く大胆さはない。しかし、それが以前からそうであったかというと、違ってくる。

話は遡る。

キコがセント・マーティンズMA在学中の2015年に発表したステューシーとのコラボアイテムを見てみると、現在との違いが一目瞭然だ。アーティストのリチャード・セラから発想を得てデザインされたトップスは、ダイナミックなサークル状の切り替えが施され、ブランドの象徴であるロゴ「Stussy」が大胆に文字ズレを引き起こしている。

現在のシグネチャーと違い、一目で興味と関心が吸い込まれていくモードなデザインだ。このデザインは今販売されたとしても、Instagram発信の装飾性高い現在のトレンドにも合致し、人気を博すことだろう。

2015年は、2014年からブームとなったノームコアに落ち着きが見られ始め、次のトレンドが求め始められたタイミングであった。ヴェトモンのデビューは2014AWであり、現在のトレンドとなる「ストリート×マルタン・マルジェラ×ダサさ」のオリジナルスタイルを覚醒するのは2015AW。ステューシーのコラボアイテムで見せたキコの大胆なデザインは、ノームコア以後のトレンドを先駆けて提案したとも言えよう。

このように、デザインに価値を生む上でトレンドとの距離感は欠かせない。トレンドの理解。そこからの解釈をデザインとしてトレンドに乗せていく。そうすることで、デザインに魅力を感じ始め価値が生まれる。ほとんどの人にダサいと思われても、自分だけがカッコイイと思うスタイル。それをトレンドのレールに乗せて表現する。それが、ファッションデザインの理論として存在しており、ファッションデザインのテキストを100本以上書いてきて私が気づいたことであり、「良い服」と「着たい服」は違うというのが現時点での僕の結論でもある。

しかし、キコのシグネチャーは違う。明確にトレンドに乗っているデザインが見られない。装飾性も薄ければ、ビッグシルエットでもなく、ストリートでもない。でも何かが惹かれる。うっすらと弱く。その何かが何かわからない。その感情が、初めてキコの服をドーバー銀座店で実際に見て着てみた2016年から現在にまで続くのが、今の僕であった。

現在のトレンドに乗っているわけではないのに、何かに惹かれている。そうなると、考えられることは一つしかない。

トレンドへのカウンター。

キコのシグネチャーはそれを引き起こしている可能性が高い。そのカウンターが時期的にまだ早く、それゆえ魅力を感じづらくなっているのだと僕は推測する。

今朝、興味深い記事を読んだ。ワークウェアを事業とするワークマンについて書かれたWWD JAPANの記事だ(「作業着のワークマンが「ポスト・ユニクロ」に名乗り 仕掛け人に聞く」)。

ファッション性高いワークウェアを企画販売したことで、ワークマンの業績は伸びている。とりわけ、2017年3月期に始めた3つのプライベートブランド(PB)が初年度売上30億円、18年3月期が60億円、19年3月期が115億円を超えるという業績は驚異的だ。ここまでうまく新ブランドの売上高を倍々に伸ばしていく例は、現在のファッション界ではほぼお目にかかれない。

「おしゃれなワークウェア」という潜在需要が顕在化され、その需要を見事に掴んだと言える。この動きを日本国内だけの動きと見て、軽視することはリスキーだ。インターネットとSNSが発達した現在では、トレンドが生まれるタイミングに時差が世界的になくなっている。ある地域、国で生まれたトレンドがインターネットとSNSを通じて一気に世界へ拡散し人気となっていくのが、今という時代である。世界は一つになり始めている。

この「おしゃれなワークウェア」需要をそのままに考えるのではなく、その本質を抽象化すると、別の姿が浮かび上がってくる。

一旦、モードへ話を移そう。

現在トレンドを先導するヴェトモン(バレンシアガ)やゴーシャ・ラブチンスキー、アレッサンドロ・ミケーレのグッチは、伝統のエレガンスとは異なるエレガンスを作り出していることを、僕はこれまで何度も述べてきた。

これまで美しいとされてきた価値観に新しさはなく、これからの新しさはこれまで醜いとされてきた価値観の中にある。それを誰よりも早く実践していたのはミウッチャ・プラダであり、トレンドにうまく乗せて表現してきたのがヴェトモンを始めとした先ほどのブランドたちであり(そこにジョナサン・ウィリアム・アンダーソンも加わるだろう)、新しい醜さの中の美しさの開拓を始めたのが、ラフ・シモンズ率いる現在のカルバン・クラインである。

この新しい価値観、これまで醜いとされてきた価値観の中に美しさを見出すデザインを私は「悪趣味なエレガンス」と呼んでいる。そして、それが「おしゃれなワークウェア需要」を抽象化した本質であり、現在ストリートへのカウンターに必要なものである。

その一つがスポーツだ。サッカーユニフォームをシティウェアとして着るスタイルが、徐々に現れ始めた。以前なら、そのようなスタイルを街中で歩いていたら「ダサい」と指を刺されただろう。しかし、今はその状況が少しずつ変わり始めた。まだ、マスへの浸透には時間がかかり、現時点では先端的なスタイルとは言えるが、デニムを穿いてサッカーユニフォームを着ることがクールになり始めた。イタリアの名門サッカークラブ「ユベントス」が今シーズン使用する新ユニフォームは、まさに普段街で着たくなるクールさが濃厚に充満し、ユベントスに所属するアルゼンチン人プレーヤー、パウロ・ディバラがジャケットの下にユニフォームを着た姿を写したビジュアルは、スポーツアイテムをクールなファッションアイテムへと変貌させている。

このようにスポーツやワークウェアなど、これまでクールなファッションとしてみた時に魅力の弱かったカテゴリーの中に、これからのファッション性高い魅力が見出されていく現象は、本質を抽象化した「悪趣味なエレガンス」と考えれば、日本限定ではない世界共通トレンドと言える。

ストリートへのカウンターとしてエレガンスが次世代トレンドになる。以前僕はそう予想したが、現実は違ってきた。エレガンスというよりクリーンが必要になってきたように、僕は見え始めた。王道のエレガンスではスタイルとしてはドレッシーであり、現在カジュアルを求める時代の気分にマッチしていない。だが、スポーツならカジュアルを満たしながら、ストリートへのカウンターとなる綺麗さのクリーンが表現できる。現在のストリート的ルーズなシルエットとデコラティブな着こなしへのカウンターとして、清潔感ある着こなしがニーズとして生まれてくるのは必然の流れだ。

そしてキコのシグネチャーは、この「悪趣味なエレガンス」のキコ流デザインだと僕は捉えている。ワークウェアの野暮ったさを排除し、クールに仕上げる。ワークウェアのモード化と前進。それを行い、キコはストリートとは別軸の新しさを世界に提示してきた。それがここにきて、さらなる進化を見せ始めている。

始まりは2018AWシーズン。それまでのシーズンには見られなかった明るいカラーパレット、波紋状の柄がニットに使用され、キコにはなかった装飾性が見られ始めた。それがさらに本格化するのが、ドイツの芸術家マルティン・キッペンベルガーの1994年のインスタレーション作品「フランツ・カフカの“アメリカ”のハッピーエンド」をテーマにした2019SSだった。

再びそれまでのキコに見られなかった、チェック柄の素材やインドの伝統柄を思わすジャカード素材が使われ、シルエットにも新しく膨らみがプラスされ、そのニュアンスにアジアが入り込んでいる。このコレクション、一見するとやはりその魅力を感じづらい「わかりづらさ」がある。その「わかづらさ」は、やはり現在のトレンドとの距離感の大きさが原因だ。

しかし、インドと欧米的ワークウェアの融合というスタイルは、派手ではないし大胆ではないが、現在最大トレンドのストリートが発するビッグシルエットのダイナミズムとも、スポーツが先天的に持つクリーンさとも異なる、新しい「何か」が潜んでいる。

AFFECTUSのInstagramアカウントでも述べた言葉をここでも述べさせてもらえば、キコは僕たちが未だ見たことのない世界のファッションを眼前に突きつけている。未来はこう変わる。その未来で着られているファッションはこうだ。キコが一人未来で見てきたファッションを、今僕たちに見せている。キコは独自のルートを進み、ストリートの次世代トレンドを示唆する。

再三、キコのシグネチャーのデザインを「わかりづらい」と述べてきたが、わかりやすい魅力が具体的に一つある。それはパターンだ。正確に言えば、パターンが生み出すシルエットになる。これが実に魅力的なのだ。

先日、僕はシグネチャーの2018AWシーズンのブルゾンを試着した。着た瞬間、そのシルエットにすぐに魅了されてしまった。エレガンスとも違い、クールとも違う。人間の身体を柔らかく包み、同時にスマートに見せる。それが体現されていた。キコの服はパターンが複雑だ。しかし、その複雑さはコム デ ギャルソン的ではない。外見は極めてシンプルな造形だ。

これまでのワークウェアならこういうパターンで作っていたであろうシルエットを、それまでのワークウェアにはない複雑なパターンでシルエットを作り上げ、今まで見たことのあるシルエットに新鮮なニュアンスを作り出している。キコの服は視覚で理解するよりもまずは、身体で理解すべきだろう。着てみて初めてわかる。世の中にあるすべての服はそうなのだが、キコの服はその代表と言える特徴を備えている。

キコのシグネチャーは確かに難しいデザインで、その魅力は捉えづらくフセイン・チャラヤンと同種の匂いがするのだが、新シーズンが立ち上がると同時に早期に売れていき、完売となることが多い。9月に入りキコの2018AWシーズンを見たくてドーバーを訪れたが、型数が少なくリサーチできなかった。他のショップのスタッフから得た情報によると、どうやら立ち上がり早々に売り切れてしまったようだ。

キコのシグネチャーの魅力を確実に掴んでいる人々がいる。それはまだアーリーアダプターの範疇に入る人々だと僕は推測するが、キコのビジョンは市場に浸透し始めている。

キコは静かに革命を起こしていく。他の誰とも異なる、自分だけのルートを辿りながら。キコのデザインを見る時、気をつけなくてはならないのは、視覚情報に惑わされないことだ。コレクションを見ても「いまいち」と感じる可能性は高い。その感覚は正しい。しかし、その「いまいち」と思った感覚には騙されてはいけない。自分の感情に抗う必要がある。現状のトレンドを把握した上でデザインを見ることで、キコのビジョンが見えてくる。実に厄介ではあるが、そういう「ファッションを読む」要素を持つのが、キコのデザインだ。そして、単純に服を着てみるといい。そのシルエットは、わかりづらさとは無縁の魅力を教えてくれる。

キコ・コスタディノフはファッションをミステリアスにする。僕たちにその謎に惹かれていく。

〈了〉

参考資料
KIKO KOSTADINOV 00052018 “OBSCURED BY CLOUDS”
SHOWstudio Kiko Kostadinov
INVENTORY KIKO KOSTADINOV FOR STUSSY
FREE MAGAZINE「KIKO KOSTADINOV 機能美に包まれた、真のニューメンズウェア」
VOGUE「キコ・コスタディノフ アート作品からヒントを得て広がったデザイナーのイマジネーション」

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