J.W.アンダーソンが、ロエベで時代をコンテンポラリーに切り取る

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AFFECTUS No.94

魅了されるファッションをデザインする。その点で、現在抜群のセンスを見せるデザイナーがいる。それは、ジョナサン・ウィリアム・アンダーソンだ。

今そのセンスを惜しみなく発揮しているのが、ロエベのコレクションになる。パリのユネスコ本部を会場にした2019SSコレクションは、コンテンポラリーなムードを発しながらも、アフリカの民族的要素も感じさせる秀逸のクオリティだった。

都会のモダンさと伝統工芸のような技巧性が融合したデザインは、近未来の女性像を作り上げており、最高のクリエイティビティを感じさせる。アンダーソンの美意識はここにきて、最高潮に高まっている。そのことを実感させる2019SSコレクションだった。

今回のロエベ、そのデザインを見ていると不思議な感覚に襲われた。先ほど、伝統工芸という言葉を用いたように、服の作りそのものには手の込んだ複雑性があるにもかかわらず、服の印象はシンプルでクリーンなのだ。

服の作りはコンプレックスなのに、印象はシンプルでクリーン。これは前回ピックアップしたサカイの2019SSコレクションでも見られた現象だ。

「複雑さの重層化」はサカイのDNAでもあり、以前から見られたデザイン的特徴だ。言い方を変えれば、重くシリアスであった。しかし、2019SSコレクションではクリーンさを増し、まるでシンプルなデザインの服を見ているような軽快な感覚に陥った。

アンダーソンのロエベも2019SSコレクションで同様の感覚に僕は陥った。だが、このデザイン的特徴、アンダーソンは以前からロエベで見せていた。そのデザインが一層磨き上げられたのが、今回の2019SSコレクションのロエベであった。

アンダーソンのビジョンは未来を見通す。今、ジェンダーレスは流行り廃りで語られるものではなく、普遍的要素を帯びて、ファッションデザイナーたちの必須科目的様相を呈してきた。

近年のジェンダーレスの流れを作り出した張本人がアンダーソンになる。彼のビジョンは今ここにきて、その影響力を増してきている。モード界を席巻するデムナ・ヴァザリアと比肩する才能と実力の持ち主、それがアンダーソンだ。

僕は2019SSコレクションのロエベを見て、コンプレックス&シンプルに惹かれると同時に、アンダーソンのデザイン、とりわけシグネチャーではなくロエべ、そしてロエベのメンズではなくウィメンズについて深く考えてみたくなった。アンダーソンがロエベのウィメンズで見せるデザインの特徴とは何か、なぜ惹きつけられるのか。今回はそれについて考えてみたい。

それでは2019SSコレクションを詳しく見ていこう。

このコレクション、先ほどから何度も述べているように服そのもには柄やフェザーが用いられるなど素材には技巧性があり、ディテールにも緻密さが濃くあり、手の込んだ構成はクラフトマンシップと呼ぶにふさわしいものだ。しかし、その服を着て歩くモデルたちから受ける印象は、クリーンの一言だ。まるでシンプルなアーバンウェアを見ているかのようだ。

通常なら、そのような複雑性の濃度が高い服から受ける印象は「アヴァンギャルド」だろう。代表的な例でいえば、コム デ ギャルソンになる。コム デ ギャルソンのコレクションを見て、シンプルなアーバンウェアの印象を受けることは皆無だ。

しかし、アンダーソンのロエベは違う。なぜこのような現象を引き起こしているのか。サカイを見ていても感じたことが、ロエベでも感じられる。

コレクションをつぶさに見ていくと、あるキーが見えてきた。

複雑性の重層化に、軽快さと都会なムードを作り出すキー、それは「色」と「シルエット」だった。

2019SSコレクションのロエベで多用される色は黒・白・ベージュなどのベーシックカラーを軸に、緑やオレンジ、黄色などをアクセントに用いている。明るく知的な印象を持たせる色の構成は、都会的ムードを漂わすアーバンウェアのデザインに見られる傾向である。

アンダーソンはまずインテレクチュアルな色の構成で、服をラッピングする。そして、その次の要素に着手する。シルエットだ。

アンダーソンの描くシルエットは流麗感があり、身体を締め付けることなくリラックス感をもたらす。だが、そのイメージはナチャラル系のようにフェミニンなものではなく、クールさを伴っている。その要因は、直線的カットを折々に混ぜているからだろう。

ティアードスカートや衿元にギャザーを施したブラウスなど、ナチュラル要素がディテールにあるが、服の形そのものは、布をバサッと切ったようなカッティングで大胆さを感じさせるシルエットである。その布の造形の中で、女性の身体が泳ぐことで流麗感が生まれている。

そのシルエットに味付けとして先ほどのギャザーや、フリンジ使い、柄やプリントといった装飾性を乗せ、その色使いをインテレクチュアルにまとめている。

そうして、アンダーソンは「コンプレックス&シンプル」を作り出している。加えてサカイよりも軽量感を強く感じるのは、パーツ化要素とレイヤー要素の少なさだ。

サカイは服を断片化=パーツ化し、そのパーツを身体の上に配置し、重ね合わせ=レイヤー要素によってシルエットを作り込む。しかし、アンダーソンにパーツ化要素はほぼ皆無で、レイヤー要素もほぼない。1着の服の濃度が、サカイに比べて圧倒的に薄い。それが、サカイよりも軽量感を感じさせ、洗練されたクリーンさを生み出している。サカイよりも実際に服そのものがシンプルなのだ。

加えて面白いのが、民族要素との調和である。ロエベを見ていると、アフリカの少数民族がニューヨークに来て、街のショップからその民族的視点から服をピックアップし、自らの伝統モチーフとミックスさせながら、スタイリングしているイメージが浮かんできた。

都会の視点から民族調の服を作るのではなく、民族の視点から都会の服を作る。これまでのファッションデザインなら、前者のアプローチが多かった。ファッションを着る都会の人間からの視点で、民族要素を取り入れることが。しかし、アンダーソンのアプローチを見ていると、僕には逆に感じられてきた。

アンダーソンの最大の武器は、視点を入れ替えて物事を発想できるセンスに思えてきた。この発想方法、ファッションデザインだけでなく、あらゆる点で活用できる。

現在、ファッションデザイナーの仕事は服のデザインだけでなく、あらゆる領域に及んでいる。とりわけ重要なのが、ブランドターゲットとどうコミュニケーションを取り、ブランドのファン化していくのかというマーケティングだろう。服の作り方だけを教えていたら、これからのファッションデザイナーを育てることは絶対に不可能である。服作りのことだけ考えてキャリを重ねても、モダンなデザイナーにはなり得ない。

そういったファッション界のビジネス環境において、カスタマー視点に切り替えて物事を発想できるセンスは強力な武器になる。今やラグジュアリーブランドも、SNSでコミュニケーションを取るためにあらゆる施策を行う時代。リソースが圧倒的に足りないインディペンデントなブランドであれば、デザイナー自らアイデアを練る必要がある。

アンダーソンはあるものとあるものが持つイメージを理解し、その視点を入れ替え、イメージを交配させてデザインを発想していく。だからこそ、コム デ ギャルソンのような不可思議なニュアンスのアヴァンギャルド性を服に漂わすことができる。しかも、コム デ ギャルソンよりも、時代のトレンドを捉えたリアリティあるスタイルで。

21世紀のコム デ ギャルソンは、さらなる進化を見せる。クラフトマンシップ溢れるスペインの伝統ブランドで、未来のアーバンスタイルを僕たちに提示する。

〈了〉

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