AFFECTUS No.96
先月パリコレクションが閉幕し、2019SSシーズンの主要海外コレクションがすべて終わった。コレクションはネクストトレンドを占う意味でも、デザインの潮流が見えてくる重要な場でもあり、面白い時期でもある。
現在、メインストリームを支配するのがアグリー(醜い)とも言えるほどに、装飾性が高く厚く積み重なるデザインだ。ヴェトモンが発表した2018AWコレクションは、まさにその代表となるコレクションと言っていい。
デコラティブなデザインが主流を占める今、これまでのファッションデザイのサイクルで行けば、次に到来するのはシンプルなデザイン。事実、各国の2019SSコレクションを見ていると、服のシンプル化が始まったかのようにクリーンなデザインが現れ出した。
時代は確実にシフトが始まっている。再びミニマリズム時代の到来か。しかし、そんな簡単に予想が現実にならないのもファッション。新潮流と呼べる新しいデザインが登場する。
場所はニューヨーク。
それはアヴァンギャルドのシンプル化とも言えるデザインだった。
アヴァンギャルドと聞くと、イメージするのは複雑で抽象的な造形。しかし、ニューヨークで見られたニューアヴァンギャルドは、一見するとベーシックでシンプルな服にしか見えない。無印良品をモードに振ったような、綺麗な佇まいを備えた簡素な服だ(色使いは無印よりも明るい)。
だが、すぐに気づく。シンプルな服の中に潜む違和感に。
例えば、こういう服になる。なんてことのない普通のシャツ。しかし、胸に縫い付けられたポケットがやたら大きく、しかもポケット位置がこれまでのシャツよりも下にズレて、かつ斜めに傾いている。そんなポケットが左胸に一つだけ付いている。
そのデザインを見て最初に思うのは「そんなポケットがなければ綺麗なデザインに収まっていいのに」という残念な思いだ。だが、その心境に変化が訪れ始める。斜めにズレて、やたら大きいポケットがあることに吸い寄せられるのだ。シャツが新しい価値を持ち始めたように。
クリーンでシンプルな服に、違和感を感じさせるディテールを一つ、もしくは極めて少数だけ配置する。この不可思議なデザインが、ニューヨークで登場したのだ。
そして、そのニューヨークで登場した新潮流を牽引する存在になりそうなのが、シエス・マルジャンだった。
デザイナーの名前はサンダー・ラック。ブランド名はサンダーの両親のファミリーネームを合わせたものだ。シエス・マルジャンのデビューは2016AWシーズン。注目のニュースターとして、デビュー時からメディアはピックアップしていた。
そのデザインの特徴は「布の放り投げ感」と「マーブルな色使い」。
「布の放り投げ感」とは雑な表現だが、しかし、そう呼ぶのがふさわしいフォルムをシエス・マルジャンはデビューコレクションから披露していた。ボディに布をピンで留めていくと、布が垂れ下がりドレープ性ある抽象的なフォルムが生まれる。その布の造形をそのまま、人間の身体に纏わせたようなフォルムなのだ。
ダイナミックではない。流れるように流麗感あるスレンダーなシルエットを作り出している。そのシルエットの布を身体に纏わせて放り投げたような乱雑感で作り上げ、ドレープ性あるフォルムを生んでいるのがシエル・マルジャンの特徴だった。
色使いも独特だ。僕は最初見たとき、「夜のスナック」という言葉が浮かんだ。暗い照明が紫のソファーを照らす。そう表現したくなる、スナックの妖しげなムードを放つ色使い。
透明な水が入った入れ物に、赤やオレンジ、水色にライムといった色の液体を数滴垂らす。水面に波紋が広がり色はマーブルを織り成す。その色調を布に投影させたかのような素材で、先ほど述べた流麗感ある抽象造形でスレンダーなシルエットを描く。
2018AWコレクションのショー映像を観てみると、「モダンでクールなイッセイ・ミヤケ」というフレーズが浮かんできた。イッセイ・ミヤケもマーブルな色使いをし、「一枚の布」というDNAを持つ。イッセイの素材とシルエットにとびっきりのモダニティとスレンダーさを持ち込んだデザイン。それが僕の見たシエス・マルジャンの印象だった。
しかし、2019SSコレクションでシエス・マルジャンは新しい流れを組み込む。独特の色のトーンは維持している。だが、シルエットの印象がソリッドでリアルになった。布の放り投げ感がかなり薄まり、シャツやジャケットなどベーシックアイテムの原型がしっかりとわかるデザインに仕上がっていた。
服にリアリティが増したのだ。都会でワードローブとして着られる現実さを獲得していた。
そのデザインを見て僕はすぐさま「物足りなさ」を感じた。「布の放り投げ感」という独特のDNAがあったのに、なぜそれを失うようなデザインになってしまったのか。物足りなさと同時に、もったいないと僕は思った。
しかし、改めて2019SSコレクションを見ていくと、シエス・マルジャンは新しいデザイン潮流を捉えていることがわかり始めた。
それはニューアヴァンギャルドと呼べる類のものだ。
ブラウン調のロングシャツ。着丈はくるぶしにまで届く長さ。極めて普通のシンプルなデザイン。しかし、衿元に注目すると、普通のロングシャツではないことがわかる。ネックの横幅(天巾)がやけに広く、前下がりも深い。クルーネックのドレスのよう。そこに台襟のないフラットカラーが添えられている。ポケット位置もバストポイントよりも下で、やや低い。微妙な違和感が重ねられたベーシックなロングシャツ。そこにはあの抽象的なドレープ性あるシルエットは存在していない。
次のようなデザインもあった。
トレンチコートをウェスト付近でカットした、ショートレングスの赤地ベースの白ストライプのブルゾンかと思いきや、そのブルゾンの下から裏地が覗くように紫地の赤ストライプの生地が膝丈まで伸び、二枚の異なるストライプ生地がレイヤーされたコートのように見える。
上記のようなデザインが、型数は少ないのだが明らかに取り入れられている。これまでのシエス・マルジャンにはなかったデザインであり、同時にニューヨーク発信の新潮流でもあった。
2019SSコレクションのシエル・マルジャンを改めて見ると、微妙で複雑な違和感があちらこちらに散在している。まだ、その完成度は高くはない。一目で強烈に惹きつけられる魅力はない。しかし、可能性を感じる。新しいデザインの流れが引き起こされる可能性を。
このニューヨークから生まれたニューアヴァンギャルドが、今後どう進化するのか、そして世界に広まっていくのか。
ストリートから時代が動くのは間違いない。次の覇権を奪うのは果たしてどんなデザインだろう。時代は、今確実に動き始めた。
〈了〉