AFFECTUS No.113
前回AFFECTUS No.112の後編となる今回は、いよいよステファノ・ピラーティのデザインの特徴を言語化していきたい。まず注目したのはサンローラン時代におけるピラーティのデザインだ。彼のサンローランデビューは2005SSメンズコレクションになる。このデビューコレクションには、ピラーティのDNAが如実に現れている。
チョークストライプのダブルのジャケットスタイルは、これぞクラシックと呼ぶにふさわしいスタイルだ。2005AWメンズコレクションではジャケットスタイルが多く登場するが、シャツやブルゾンを用いたカジュアルスタイルも登場する。しかし、そのスタイルにルーズさは無縁で、気品ある佇まいを決して崩さない。
ピラーティのDNAはクラシック。ファッションに根付く伝統の美を愛する彼の姿勢が、デビューコレクションから表現されている。
その姿勢はウィメンズでも変わらない。
しかし、一気に自分のテイストをピラーティは押し出さない。トム・フォードの女性の身体をセクシーになぞるシルエットを引き継ぎながら、トム・フォードの挑発的セクシーを徐々にカットするアプローチでサンローランのウィメンズを堅実に、しかし確実に更新していく。
メンズでは早くから自分の色を出したピラーティだが、ウィメンズではコレクションを重ねるごとに、自分の色を出していくアプローチを取っている。それはなぜか。これはあくまで推測になるが、ビジネス面の理由ではないだろうか。
サンローランのビジネスはウィメンズが柱となるはず。そのウィメンズをトム・フォード時代から一気に更新することは売上への影響が大きい。そこでトム・フォードスタイルをベースに、徐々に自分の味付けを加え、それを新しい魅力としてさらに売上を伸ばしていこうという狙いがあったのではないだろうか。逆に、売上面への影響の少なさからメンズは自分の色を早くから出しやすかったとも言える。
シグネチャーブランドのランダム アイデンティティーズでは、Instagramのストーリーズで2回も試作品を公表して反応を調べるという慎重さを見せたピラーティなら、考えられるアプローチだ。
徐々にトム・フォードスタイルからの変化が見られたピラーティによるウィメンズだが、2007SSコレクションで完璧にトム・フォードから脱却する。
大きいフレームの黒いサングラスをかけたモデルの姿は、往年の女優を思わすエレガンスが滲む。トム・フォード時代に見られた肌の挑発的露出は減少し、上品に抑制しながら肌を見せていく。オートクチュール黄金期の50年代のように。しかし、完璧にクラシックに振れているわけではなく、ミニスカートとミニドレスを挟み込むことでフレッシュな感覚も作り出す。
ピラーティのサンローランと、トム・フォードのサンローランとの違いは以下の3つである。
1.アグレッシブな肌の露出が減少する
2.色・柄の装飾性が弱まる
3.シルエットが硬くなる
3について詳述したい。シルエットが硬くなるとはどういうことなのか。
トム・フォードの描くシルエットは、女性の身体をなめるように布が沿っていき、女性の妖艶な色気を際立たせる。しかし、ピラーティのシルエットは女性の身体の上で布が立つように構築される。その硬質感あるシルエットは、クリスチャン・ディオールやクリストバル・バレンシアガが作り出した、1950年代オートクチュールのダイナミックなシルエットを連想させる。造形の時代、シルエットの時代と呼べる黄金期だ。
だが、当時のクチュールよりもピラーティのシルエットはコンパクトで、現代の都市生活で着ることのできるリアリティがあり、そこに現代的な香り=モダンが漂う。伝統の美をベースにしながら、時代性を加味する。このバランスの配合もピラーティのデザインDNAと言えよう。
そして、ピラーティのラストサンローランとなった2012AWコレクションでピラーティスタイルは一種の完成形を成す。
このコレクションに現れたのはアンドロジナスなムード。それは、1970年代にヘルムート・ニュートンが撮影したサンローランのスモーキングを思わすストロングでエレガンスとセクシーを兼ね備えた女性像の、メゾンのDNAを昇華させたデザインだった。
そして、この2012AWコレクションを最後にピラーティはサンローランを去る。
次にピラーティが新しい活躍の場に選んだ、エルメネジルド ゼニアでのデザインを見ていこう。
サンローラン時代のピラーティのメンズデザインは、先述したようにクラシックが色濃いスタイルだった。ただ、次第にシーズンを重ねるごとにカジュアルさを増していた。それはノームコアが現れ始めた時代性が関係しているのはないかと、僕は感じている。
だが、サンローランの次にピラーティが選んだエルメネジルド ゼニアはスターツスタイルがシグネチャースタイルとなるブランドだ。ノームコアの次に時代を席巻したのはストリート。またカジュアルだ。カジュアルが時代のメインストリームとなる中、どのようにピラーティはゼニアを料理したのだろうか。
デビューコレクションとなった2014SSコレクションで、ピラーティは「バランス」という自身のDNAを巧みに使いこなした。ブランドのシグネチャースタイルとなるスーツスタイルに、柄はほぼ使用せず装飾性をカットし、素材感とシルエットで軽妙な軽さを取り入れることに成功した。外見はシックなスタイルなのに、スポーティな感覚がどことなく感じられるコレクションだ。
ブランドのDNAと自身のDNAを均整のとれたバランスで融合させている。堅実なスタートだった。ゼニアというブランドの特徴を考えれば、顧客との整合性も感じられる。その後、ピラーティはカジュアルさを増すことはありながらも、ゼニアというブランドをうまく自分流に料理していたように見えた。
しかし、ゼニアでの在任期間は長くは続かなかった。ゼニアにおけるピラーティのラストコレクションは、2016AWシーズンとなった。そのラストショーが、サンローラン時代を通しても僕にとってピラーティのベストコレクションだった。
ダークトーンの爬虫類を思わせる柄の素材にクラシックスタイルの融合。強烈な「アクとクセ」の強いスタイルをピラーティは披露する。その濃厚な「アクとクセ」にピラーティの新境地を見る思いがした。同時に、ファッションの美を更新するデザインに思えたのだ。
これまで美しいとされていたエレガンスとは異なる美しさ。どちらかといえば、従来の美的感覚で言えば「ダサい」と思われる感覚。その感覚を、ピラーティは新しい美として提示した。僕はこの2016AWコレクションを初めて見たとき、日本のヤクザのスタイルを思い浮かべた。日本のヤクザスタイルを、西洋の視点から再構成したスタイル。あの強烈で濃厚な「アクとクセ」は僕にそのような想像を起こした。
正直、ゼニアの顧客にマッチするデザインかといえば、違うだろう。だが、ピラーティ自身にとってはデザイナーとして大きな意味を持つコレクションだった。
クラシックという伝統の美を愛でるセンスに、バランスのうまさを備えているのがピラーティだったが、ゼニア時代の最後にきてクラシックのセンスはそのままに、バランスを整えるのではなく複数のデザイン要素をクロスオーバーさせるという新境地を獲得する。
その新境地が、ランダムアイデンティティーズで新しいDNAとなり現れた。
今年、2018年11月にとうとうピラーティはシグネチャーブランド「ランダム アイデンティティーズ」を披露する。過去2回に渡りInstagramのストーリーズで試作品を公表してきたデザインの完成形である。
そのデザインは、3つの要素のクロスオーバーだった。
1つはピラーティの要となるクラシック。2つめはミリタリーだ。トレンチコートやフィールドジャケット、ボンバージャケットといったミリタリーアイテムから着想を得てデザインを展開したアイテムが前面に押し出され、これまでのピラーティのデザインにはない新しい特徴となった。そして、最後となる3つめが最も重要な要素になる。
それはジェンダーレスだ。今やファッションデザイナーにとって必須科目となったジェンダーレスを、ピラーティは自身のブランドの軸に置く。
この3つの要素をクロスオーバーさせ、ブラックをメインカラーにしたダークトーンのコレクションは、カスタマー視点のデザインと言えよう。
ランダム アイデンティティーズでまず驚いたのは、プライスの安さだった。ピラーティがサンローランでデザインしていたコートなら優に20万を超えたであろう。しかし、ランダム アイデンティティーズではトレンチコートが、なんと¥49,500である。現代の消費者の傾向に合わせた価格帯を揃えた商品構成は、高額プライスが当たり前のハイブランドの死角を突く。ましてや、モードのエリートであったピラーティが実践するのだから驚きだ。
しかし、カスタマー視点はそれにとどまらない。僕は、今日改めてランダム アイデンティティーズのショー映像を見て感じたことがある。
これまでジェンダーレスといえば、男装・女装的要素が強かった。その代表デザインといえば、ジョナサン・ウィリアム・アンダーソンが注目を浴びた、ウィメンズアイテムをストレートに男性モデルに着用させたジェンダーレススタイルだろう。これはアンダーソンに限った話ではなく、モード史を見ると幾度なく繰り返されてきたことである(アンダーソンはその後、ロエベのメンズで、見事に新しいジェンダーレススタイルを披露する)。
ピラーティのジャンダーレススタイルも、スカートなどウィメンズアイテムをストレートに男性に着せている。しかし、ミリタリーという要素を強く濃く前面に押し出すことで、従来の男装・女装的ジェンダーレススタイルとは一線を画す、新しいジェンダーレススタイルを作り出した。
ジェンダーレススタイルに興味はあっても、男装・女装的スタイルには戸惑いがあり、手が伸ばせない消費者が市場にはいたはず。その意味で、ピラーティは潜在ニーズをあぶり出し、そこに新しい提案をしたと言える。
ピラーティは、ジェンダーレスという流行から普遍化への様相を見せているカテゴリーをブランドコンセプトに置きながら、ジェンダーレスにおいて認識されていなかった潜在ニーズを顕在化させた。
このピラーティの新しい挑戦に、僕はワクワクしている。ランダム アイデンティティーズの今後を楽しみにしたい。
〈了〉