LAST CALVIN KLEIN

AFFECTUS No.126

不意にその日は訪れた。2018年12月、ラフ・シモンズ(Raf Simons)は「カルバン クライン(Calvin Klein)」のディレクターを退任する。そのニュースは僕に衝撃をもたらす。シモンズがディレクター就任後、カルバン クラインのビジネスは経営陣が期待する成果を出すことができなかった。カルバン クラインを擁するPVHコープのエマニュエル・キリコCEOが、公にシモンズのデザインへの批判とも言えるコメントが出るほどに。

だが、カルバン クラインとシモンズは2019年8月に契約更新が迫っており、少なくとも2019年2月に発表される2019AWは引き続きシモンズがコレクションをディレクションするだろうと考え、僕はその発表を楽しみにしていた。

しかし、その楽しみは訪れず、シモンズはカルバン クラインを去る。あまりに唐突に突然のさようなら。

いったいシモンズは、これまでカルバン クラインでどのようなデザインを発表していたのか。今改めてそれを読み解きたい。シモンズが去った今だからこそ。

今回、一つのコレクションをピックアップして述べていきたいと思う。それは結果的にシモンズによる最後のカルバン クラインとなった2019SSコレクションである。このラストコレクションこそ、シモンズがカルバン クラインで披露してきたデザインの集大成と呼べる内容になっているのだ。

2019SSコレクションを読み解くため、まず僕はショー映像を観ることにする。そして観終わっての感想はこうだった。

「いくらなんでも難しすぎる……」

シモンズのLAST CALVIN KLEINはかなり難解なデザインであり、この難解さを即座に理解し、消費者の物的欲求を喚起するのは至難の技ではないかと思えた。その理由を述べていきたいと思う。

理解を難解にする理由、それはイメージの組み合わせに脈絡がなく現実感が伴わないからだ。2019SSコレクションから受けた私のイメージを以下に列挙していきたい。

ジョーズ、ダイビング、エリート、西海岸、スタンフォード、ハーバード、卒業式、1980年代、インディアン、アメリカントラッド、グランジ、クラシック……。

2019SSコレクションは、これらのイメージが交配合し、スタイルを作り上げている。具体的なスタイルを紹介したい。

まず、このテキストを読む皆さんに、一つイメージしてもらいたいものがある。ダイビングスポーツで着用されるゴム素材の、黒くマットなウェットスーツを頭の中に描いていもらいたい。そのボトム部分だけをスパッと切り取り、そのカットオフされたボトムを、男性モデルが穿く姿にまでイメージを膨らませて欲しい。それが、このスタイルのパンツになる。

そして次に男性モデルが着ているトップスだが、スティーブン・スピルバーグ監督の映画「JAWS(ジョーズ)」の赤いロゴ、ブランドの黒い「CK」ロゴ、映画で人々を恐怖に陥れる巨大なサメ、これら3種類の要素がプリントされた白いインナーを着ており、首元部分のネックラインは大きく開けられ、ヘインズのTシャツよりもずっと深く胸元があらわになっていた。おそらくタンクトップと思われるインナーの裾は、先ほどのウェットスーツのボトムへタックインしている。

白いJAWSインナーの上からは、色味がブラウン系のツイードの重厚感ある、着丈も長いクラシックなジャケットを羽織っており、さらにその上からアメリカの大学の卒業式で、学生が着る黒いガウン「アカデミックドレス」をまとっている。もちろん男性モデルの頭にはアカデミックドレスに欠かすことのできない、黒いスクエアの帽子がポツンと乗った状態だ。

どうだろう。スタイルをイメージしていただけただろうか。頭の中に描かれたそのイメージを見て、どう思われただろう。正直、僕は理解不能である。シモンズのデザインが好きな僕でさえ、このスタイルは不可思議さでいっぱいだ。このように、2019SSコレクションは先ほど列挙したイメージが脈絡なく繋がるスタイルが、メンズでもウィメンズでも、これでもかと発表されているのだ。

ある女性モデルは、グリーンのニットとピンクのプリーツスカートを合わせ、足元は薄いイエローのヒールを履いていた。一見すると正統派トラッドガール。しかし、そのスカートは左脚のフロント部分が乱暴に引き裂かれたように縦に大きく切り込みが入り、その切り込みはスリットの役割を果たして女性モデルが歩くたびに彼女の太腿を露にする。そしてこの女性モデルも、黒いスクエア帽とガウンのアカデミックドレスを着用している。

また、ある男性モデルは一見すると黒いパンツとジャケットのセットアップを着ている。だがすぐに気づく。そのセットアップが異様であることに。ジャケットはベーシックな素材とデザインだが、パンツはウェットスーツのボトム部分だ。ジャケットの上からは、ネイティブアメリカンを連想させるフリンジ上のアクセサリーが肩から掛けられ、頭には黒いスクエア帽を被っていた。

このまま続けるとスタイルの描写だけで今回のテキストが終わってしまうため、ここで止めるが、シモンズのLAST CALVIN KLEINがどれだけ異形だったのか感じてもらえたと思う。

異形を全面に出し、消費者の購買欲を刺激するブランドもある。例えば「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」。川久保玲は抽象的で巨大かつ複雑な造形で、現実世界から切り離した世界を視覚化し、我々に見せる。例えばジョン・ガリアーノ(John Galliano)。彼が「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」で見せる世界は、巨大なフォルムと多彩で多色なカラーと柄の組み合わせで、デザインの基盤となっているベーシックアイテムの要素を消失させるほどに圧倒的存在感を示し、現実世界から我々を切り離す。

異形でアピールするならば、川久保やガリアーノのように振り切ってダイナミックに展開し、イメージの海に見る者を溺れさせるようにすればいい。だが、シモンズのデザインは違う。同じ異形でもシモンズはリアルすぎる。ジョーズやアカデミックドレスがそうであるように、アメリカの象徴をピックアップしているが、そのどれも誰もが一度はどこかで見たことのある馴染み深いイメージだ。

すでに世界に浸透しているイメージを切り取り、その断片をそれぞれ組み合わせてスタイルを作り上げているため、既視感のあるリアルさがあるにもかかわらず、アヴァンギャルド要素が入り込む。しかし、逆にリアルであるがゆえに我々が抱くこれまでのイメージとラフが提示するイメージに断絶を生み、共感を困難にする仕組みを作り出している。

川久保玲やガリアーノが我々を現実世界から切り離し、新しい世界を見せようとするならば、シモンズのカルバン クラインは我々を現実世界に無理やり押しとどめたまま、新しい世界を見せようとしている。

非常に難度が高く、理解が難しいデザインだ。この場では一旦このデザインを「ハイコンテクスト」と呼ぶことにしよう。このハイコンテクストでは、たしかにカルバン クラインの顧客の心はつかめない。だが、当初からシモンズはカルバン クラインでハイコンテクストを発表していたわけではない。デビューコレクションとなる2017AWコレクションは、アメリカを代表するファッションスタイルを組み合わせて新しいイメージの創出にチャレンジしており、見ていても理解しやすい。

事実2017年度においてはカルバン クラインの業績は好調を示し、売上高は前期比10.4%増の34億6160万ドル(約3599億円)となっていた。*当時のレート

シモンズがハイコンテクストにシフトしたのは2018AWシーズンからである。そして、そのコレクションが本格的に市場に投入された2018年8~10月期に、利払い前・税引き前当期利益(EBIT)が同14.7%減の1億2100万ドル(約136億円)となった。

なぜ、シモンズはハイコンテクストにシフトしたのあろう。デビュー当初のデザインであればビジネスも堅実な成長を示し、現在もディレクターを務めていた可能性は高い。

シモンズのデザインに対する真面目すぎる姿勢が、仇になった可能性もある。シモンズはどちらかというと、顧客よりもモード史の発展に寄与しようとする傾向が強い。シモンズはアメリカを代表するブランドであるカルバン クラインで、新しいアメリカ像を世界に作り出そうとし、デムナ・ヴァザリア(Demna Gvasalia)が先導するストリートとは異なる別軸の新たなるデザインを誕生させようとしていた。

たしかにシモンズのカルバン クラインはビジネス的には成果をもたらさなかった。だが、モード史的には極めて価値の高い新しいデザインを生み出していた。今回、改めてカルバン クラインのコレクションを見て、私はそう実感する。同様のデザイン手法で言えば、「プラダ(Prada)」のミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)が同タイプのデザイナーだが、シモンズが示していたのはミウッチャの発展系とも呼べるモダンなものだった。

残念ながら、シモンズの新しい試みはカルバン クラインでは失敗に終わった。しかし、シモンズのシグネチャーブランド「ラフ シモンズ」ならば、顧客はシモンズのスタイルを熟知しているし、顧客自身も先進性も好むため、シモンズのNew Designが歓迎される可能性が高い。

シモンズのNew Designはビッグビジネスにはならないだろうが、すべてのブランドが売上高100億、1000億を目指す必要はない。売上高の多寡がファッション界における価値を示すならば、「ザラ(Zara)」や「ユニクロ(Uniqulo)」が至高のブランドということになる。しかし、ファッションビジネスはそういう類のものでもない。

ビジネスとデザイン、それを切り離しながら見る目を持たなければデザイナーの価値をジャッジすることはできない。これまでの傾向で言うなら、シモンズの提案は時代の感覚を先取っているケースが多い。

カルバン クラインの実績だけで、ラフ・シモンズというデザイナーを判断すると新たなるビジネスチャンスを失う。モードに生きるファッションデザイナーを数字だけで判断することはリスクが伴う。願わくば、その才能をコントロールできる立場の人間がいることがベストだろう。

非常に高度で難度の高いデザインだったシモンズのカルバン クライン。そのデザインの進化を、僕は彼のシグネチャーブランドで見てみたい。

〈了〉

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