融合の天才ニコラ・ジェスキエール

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AFFECTUS No.201

壮大な場を舞台にルイ・ヴィトン(Louis Vuitton)2020AWコレクションはスタートする。ショーの舞台となったのはパリのルーブル美術館。今回、アーティスティック・ディレクターのニコラ・ジェスキエール(Nicolas Ghesquiere)は「Tableau Vivant(タブロー・ヴィヴァン)」をコレクションテーマとした。この言葉はフランス語で「活人画」を意味する。

活人画とは役者やモデルの集団が、注意深くポーズをとって絵画のような情景を作る黙示劇のことであり、ショーの舞台となったランウェイには、中世ヨーロッパの上流階級が着用した衣服を纏う数十人、いや百人以上とも言える男女が階段状に立ち並んでいる。その姿はまるで、18世紀のパリに住んでいた芸術家の描く肖像画から、当時の人々が現世に現れてきたかのようである。豪華絢爛な装飾の衣服と髪型で装う人々の集団は圧巻の風景を作り出し、大規模な合唱団となってハーモニーでショーを荘厳に見せる。

劇画的な演出を背景に、ファーストルックとなる女性モデルが登場する。彼女のスタイルはコレクションテーマとは裏腹に、実に現代的で未来的であった。モデルはショートブーツを履き、フレアシルエットを描くミニスカートの裾をなびかせ、赤と白のツートンカラーが用いられたベストを着用し、彼女は先へ先へと急ぐようにランウェイを颯爽と通り過ぎていく。

次々に登場するルックからはいくつものイメージが立ち上がる。モータースポーツ、バレエ、ランジェリー、インド……境界があるはずの衣服たちが一つになってスタイルを作り上げたコレクションには、視覚的に濃度の高さが訴えられてくる。カテゴリーの異なる衣服を一つに集約させ、スタイルの濃度を高める。そうすることでジェスキエールは、1ルックのデザイン強度を高め、コレクション全体へと浸透させていた。

ジェスキエールは現代要素だけをデザインに取り入れたわけではない。今回のテーマとなった「Tableau Vivant」からも引用する。中世パリの衣服を鮮やかに飾った植物を模した刺繍や柄素材を、ジェスキエールは先述のモダンウェアへにも融合させているのだ。歴史から引用したモチーフを、現代衣服へとつなぎ合わせ、その現代衣服も一つのスポーツといった一つのカテゴリーに絞ることなく、いくつものカテゴリーの衣服を自由につなぎ合わせる。融合の天才ジェスキエールは、自身の本領を見事に発揮する。

歴史の衣服をデザインモチーフにするデザイナーは多い。ヴィヴィアン・ウェストウッド(Vivienne Westwood)、ジョン・ガリアーノ(John Galliano)、故アレキサンダー・マックイーン(Alexander McQUEEN)といったロンドンデザイナーはその代表と言える存在だ。歴史をモチーフとする3人に対して、ジェスキエールは未来をモチーフにする。

バレンシアガ(BALENCIAGA)時代、ジェスキエールは未来感あふれるコレクションを幾度も発表した。そのコレクションから僕が連想した世界は、スターウォーズでありマトリックスであった。ルイ・ヴィトン移籍後もジェスキエールの姿勢は変わらず、現代の女性が着用するワードローブに未来感をミックスさせるデザインを発表している。

だが、今回ジェスキエールは自身が得意とする未来感あふれる世界に、歴史からの引用を混ぜ合わせることでデザインに厚みをもたらした。先ほど述べた通り、ジェスキエールは融合の天才だ。これまでは「要素」のミックスが多かった。例えば今回でいうなら、バレエとモータースポーツといったように。だが、2020AWコレクションでは歴史と未来という「時代」を融合させ、新世界を僕たちに披露する。

ショーはフィナーレへ向かい、演奏を厳粛にしていく。ステージの背後に立ち並ぶ歴史上の人々を背景に、フューチャリスティックなスタイルのモデルたちが一列に並び、ランウェイを歩く。そして、モデルたちが全員バックステージへと消えると、ジェスキエールは黒いクルーネックのニットにデニムというスーパーベーシックなファッションに身を包み、微笑みながら登場する。ジェスキエールは、歴史と未来を結ぶ存在として現代のワードローブを披露した。そう評するのはいささか大仰だろうか。

だが、決してそれは過大な表現ではない。彼、ニコラ・ジェスキエールは天才なのだから。天才は創造の源泉を求め、未来へと歩みを進める。

〈了〉

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