パンキッシュなシャネル

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AFFECTUS No.212

1910年にココ・シャネル(Coco Chanel)が創業したメゾンは、ファッション界では「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」と双璧をなすラグジュアリーの最高峰である。このメゾンのスタイルは、一言で言えばコンサバティブ。シャネルツイードを用いたノーカラージャケットに膝下丈のスカート(膝はシャネルが醜い箇所として忌み嫌うもの)を合わせたセットアップは、世界中の女性から憧れを抱かれるスタイルとなり、メゾンの歴史を彩ってきた。

シャネルが1971年に亡くなって以降、メゾンは低迷していたが一人のドイツ人デザイナーがシャネル再興を成し遂げる。カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)の登場である。ラガーフェルドは、シャネルの意志を引き継ぐようにメゾン伝統のスタイルを尊重し、時代と共に更新させていく「新しいコンサバティブ」で、シャネルをファッション界において圧倒的存在感を誇るメゾンにまで成長させる奇跡を果たした。

コンサバファッションを新しく現代的にすること。強烈な新しさを追い求めるのではなく、古典的スタイルに時代の空気を取り入れることで新鮮さを生む。伝統のファッションを現代の感覚へ近づけ過ぎず、モダンになりすぎることなく、エレガンスの質において最高クラスを目指す。それこそがシャネルスタイルだと言えよう。ラガーフェルドの死後、後継者としてクリエイティブ・デイレクターに就任したヴィルジニー・ヴィアール(Virginie Viard)もシャネルスタイルを引き継ぐ。

だが、ヴィアールはラガーフェルドが継続させてきたスタイルへ、徐々に自分の色を取り入れ始める。僕がそのことを初めて感じたのは2020Pre Fallコレクションだった。シャネルには男性の衣服から着想を得て、新しい女性の生き方を創造した歴史がある。2020Pre FallコレクションはメゾンのDNAが蘇るかのようにマニッシュである一方で、ラガーフェルド時代よりもドレスのシルエットにフェミニンな香りが増し、贅沢の極みを尽くす緻密で繊細な装飾の数々と相乗してシャネルスタイルが古くも新しいスタイルへと進化していた。

ヴィアールは一気に刷新するのではなく、時間をかけて自分の感性を取り入れる方向性を選んだようだ。先ごろ発表された2020AWオートクチュールコレクションは、ヴィアールの姿勢がより顕著になるものだった。

気づかされたのは、これまでと異なるモデルたちのムード。以前は上流階級のマダムやお嬢様を連想させるエレガンスが端々から感じられたが、今回のオートクチュールではパンク好きな若い女性たちをすぐさまイメージさせる、シャネルとは無縁なメイクが施されたモデルたちが登場する。

パンク好きの女性とコンサバティブなシャネル。両者は一見すると遠い距離を隔て、別の道を歩んでいるようだ。しかし、この組み合わせのカッコよさに僕は唸る。パンキッシュなヘアの女性がシャネルジャケットを着る姿がこんなにもクールだとは、僕は想像することもできなかった。

2020年の今、ファッションデザインのトレンドはエレガンスが中心を成している。シャネルのライバルであるクリスチャン・ディオールは、2020AWオートクチュールコレクションでニュールック時代のクチュール黄金期を思わせる、ディオールの原点に立ち返る懐古的エレガンスを披露した。ディレクターに就任以降、カジュアルなディオール像を描いてきたマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)だったが、このクチュールコレクションではディオールの象徴であるダイナミックなカッティングを用いてクラシックなシルエットを作り出す。それが陶酔感を覚える美しさを備えており、僕はキウリのベストディオールと呼びたいほどだった。

一方、ヴィアールによるシャネルはメゾン伝統のコンサバスタイルを維持しつつも、メゾン伝統のスタイルとは異なる新しさを注入した。それが先ほど述べたパンクなエレガンスである。以前のコレクションに比べ、変貌と言えるほどダイナミックな変化がデザインに現れたわけではない。変わったのはモデルのムードだ。しかし、着用者のムードが変わるだけで服のイメージは大きく変わっていく。ヴィアールはファッションの持つ奥深さを証明した。

コンバサバティブなファションとパッキンシュなエレガンスの融合は、このような美しさが世界にはあったのかと、僕にとってはこれまでに気づくことのできなかったデザインであり、意識と意識の隙間から新しいファッションをすくい上げられる爽快さを覚えた。

スタイルを変えることなく、スタイルを新しくする。ヴィアールはこの矛盾をデザインする。

〈了〉

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