ワークウェアのモード化とヘロン・プレストン

AFFECTUS No.248

僕がそのデザインを初めて自覚したと言えるのが、キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)の存在を知ったときだった。そのデザインと言われても、何のことかと戸惑うだろう。それは僕が「ワークウェアのモード化」と呼ぶデザインのことを指す。このデザインと遭遇したのは、キコの2016AWコレクションが「ドーバー ストリート マーケット ギンザ(Dover Street Market Ginza)」で扱われることがニュースになった時と同時期になり、2016年8月に僕はワークウェアのモード化を自覚したことになる。

「自覚」と形容したが、正確に言うならば自覚という表現は似つかわしくない。キコのデビューコレクションを、当時の僕はワークウェアのモード化と明確に言葉として表現できていなかったのだから。

同じ服であっても、僕がこれまで気持ちを高鳴らせてきたファッションとは別の文脈に位置する、労働のための作業着。それが僕にとってのワークウェアだった。その思いは、僕の個人的記憶と感情に基づく。まだ川崎駅周辺に大企業の工場があった時期に子どもとして過ごした1980年代や、父が内装職人だったために建設現場からのイメージに根づいている。

エレガンスなんていう表現とは最も遠くにある服。ワークウェアとは僕にとってそういうものだった。だが、キコは僕の価値観を転換する。こんなにもワークウェアとは魅力的に見えるものなのか。対極の価値観へとキコは僕を導く。

セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)のMA(修士)卒業ショーで発表したコレクションをアップデートした2016AWコレクションがそうだったように、初期のキコに見られたワークウェアをカッティングによってモード化した服は、カッコよさをシンプルに力強く僕に訴えてきた。

キコが日本からワークウェアを取り寄せて参照していたというストーリーも僕を魅了する。現在のキコはアヴァンギャルドなデザインへ完全にシフトしているため、その高鳴りを彼から覚えることは叶わなくなったが、代わりに僕を惹きつけるモードなワークウェアを見せてくれるブランドが現れた。それがルーク・メイヤー(Luke Meier)の「OAMC(オーエーエムシー)」だった。

キコがカッティングを武器にワークウェアをモード化したなら、OAMCはボリュームとグラフィックによってワークウェアをモード化したと言える。しかし、ルークのデザインはそれだけにとどまらない。彼のアイデンティティであるストリートに、ジャケット&パンツのセットアップを中心にしたクラシックをも溶け込ませ、コレクションに厚みを持たせている。

僕はワークウェアのモード化という文脈に惹きつけられている。そして今、先述した二つのブランドに加えて、もう一つのブランドが僕を惹きつける。前段が長くなったが、ようやくここから今回の主題であるヘロン・プレストン(Heron Preston)の登場だ。僕の中では、ヘロンもワークウェアのモード化という文脈に位置するのだ。

ヘロンのキャリア(ここでは詳細を省略する)が示すように彼のアイデンティティも、ルークと同様にストリートにあり、ストリート&ワークウェアがヘロンのコレクションが持つ特徴と言えよう。では、ヘロンと先述のキコ、OAMC(ルーク)との違いは何だろう。まずはOAMCとの違いから述べていきたい。

ヘロンもOAMCと同じくグラフィックが大きな特徴になっている。ただし、手法に違いが見られる。OAMCが用いるグラフィックの手法は、CDジャケットやジャズレコードのジャケットを僕に連想させ、衣服をキャンバスに見立てグラフィックを一枚絵で大胆に展開することが多い。翻ってヘロンの手法は小さなグラフィックを複数用いて、衣服の上で地図が示す記号のように展開していく。同じグラフィックを使うにしても、ヘロンとOAMCの両ブランドには対極の手法が用いられている。

次にヘロンとキコの違いについて述べていきたい。これは同時にOAMCとキコの違いにも繋がっていく。ワークウェアプラスαがあるかどうか、そこがヘロン(OAMC)とキコの違いを判断する境目になる。そのためヘロンとキコの違いを述べる前に、まずはヘロンとOAMCについてもう一つの違いを述べたい。

現在のOAMCは、先ほど述べたようにワークウェアにストリート&クラシックが溶け込む階層構造を持っており、ヘロンも同様の構造となっている。ヘロンの場合、ワークウェアにストリート・スポーツ・ヒップホップといったファッションが断片的に混じり、OAMCと同様の階層構造を持ちながらOAMCとは階層の種類が異なり、OAMCよりも階層に厚みがある。最新2021AWコレクションでヘロンが見せたデザインではアウトドアテイストが僕には感じられ、OAMCの持つクラシックなムードとは異なる経過なカジュアルさが現れていた。

一方キコが見せていたモード化されたワークウェアは、ヘロンやOAMCのような他のカテゴリーと一体化する階層性は見られず、あくまでワークウェア単体を主題にデザインが展開されている。単一層と複数層、階層の数の違いがヘロン(OAMC)とキコのモード化されたワークウェアを隔てる違いであり、階層の数と種類の違いがヘロンとOAMCの違いになっている。

僕の中で、3ブランドの中で最も作業着という表現が似合うのはヘロンだった。ストリートボーイが現代のファッションセンスで、清掃員の作業着をワードローブに取り入れて着こなす。そんなイメージが浮かんでくるのだ。作業着感(この表現が正しいのかはわからないが)が最も感じられる点で、僕はキコやOAMCよりもヘロンの方が個人的に距離が近く感じられる。

「ヘロン・プレストン」2021AWコレクションで登場したルックの一つに、白い長袖カットソーの上にフロントがジップ使いのポロシャツタイプのトップスをレイヤードし、ラフなシルエットの黒いパンツを合わせたスタイルがある。僕はこのスタイルがとても好きだった。長袖カットソーの上にポロシャツタイプの半袖シャツを合わす着こなしが、僕はとても好きなのだ。まさに作業着を着用する現場で頻繁に見られる着こなしであり、それがモードの舞台にストリートの匂いと混じり合いながら披露されていることが、僕を強く惹きつける。そこにはもちろん、ヘロンが得意とする地図の記号を連想させるグラフィック使いが見られる。

ここで述べていることはブランド間の優劣を語るものではなく、ブランド間の違いを述べることによってモード化されたワークウェアという文脈の中で、各ブランドのデザインがどのような特徴を持っているのかを明確にするために述べた内容になる。

アートにはアーティストとアーティストとの比較から文脈上の違いや価値を述べられることが多く、そういう見方の中でアートが発展してきた歴史があるが、願わくばモード化されたワークウェアという文脈の中でアートと同様の発展を見てみたい。

ここで僕の消費者的嗜好を言えば、ヘロンのスタイルは多くの点で僕が普段着用したいとスタイルとは異なる。しかし、コレクションの中に「着てみたい」「欲しい」と思わせるスタイルが少数混ざっている。それらのスタイルは決まって作業着感の強いものだ。

極度にモード化されていなく、かといって通常のワークウェアとは明らかに異なるエッジの効いたデザインが見られるモード化されたワークウェア。僕の消費者的視点で見た時、単純にカッコよさで惹かれるのはヘロンよりもキコやOAMCだ。けれど、僕の個人的記憶と感情との距離が最も近く感じられる。それが僕をヘロン・プレストンに惹きつける理由なんだと思う。

ヘロン・プレストン、彼は最もモードから遠い場所からモードへ近づいていく。

〈了〉

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です