現実で非現実をデザインするステファン・クック

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AFFECTUS No.262

「非現実的なファッション」と聞いた時、どのようなデザインをあなたは思い浮かべるだろうか?

おそらく多くの方は、「いったいこの服を、どこで、誰が着るのだろうか?」という疑問を浮かべる異形で、大胆なデザインのファッションを想像するのではないか。いわゆるアヴァンギャルドと呼ばれるタイプのファッションである。

だが、必ずしもアヴァンギャルドが非現実的なデザインで成り立っているとは限らない。中には誰が見ても日常的に着られるリアリティがあるのに、アヴァンギャルドな精神が迫ってくるタイプのデザインもある。いったいそれはどんなデザインなのだろうか。その疑問に答えるコレクションを「ステファン・クック(Stefan Cooke)」が2021AWメンズコレクションで披露する。

まず冒頭に登場するルックに注目したい。アメリカントラッドの王道アイテム、バーシティジャケット(アワードジャケット・スタジャンとも呼ぶ)にミニスカートがドッキングしたミニドレスを、モデルが着用してウォーキングしている。肩周りにはフェアアイル柄の素材を用いたスカラップカットのスカーフが巻かれ、トラディショナルな匂いとガールズ的ムードが混在したルックである。

このルック、アイテムのデザインとスタイリングだけを見れば特段珍しいものではない。今すぐ街で着られるリアリティと時代性を含んだカジュアルなミニドレスだ。しかし、思い出してほしい。このコレクションがメンズコレクションであることを。そう、ヴァーシティジャケットのミニドレスを着用しているのは男性モデルなのだ。ミニスカートから露わになった太ももから脛にかけて毛がまだらに生えた左右の脚は、モデルが男性であることを物語っている。

次の登場するルックも同じくヴァーシティジャケットのミニドレスが登場し、もちろん着用しているモデルは男性だ。以降、スタンダードなメンズウェアスタイルに混じりながら、ミニレングスのスカートを取り入れたスタイルが何度も挟み込まれていく。

コレクション中盤ではニット&ミニスカートのスタイルも登場する。サングラスをかけた男性モデルはクリーム色のクルーネックニットをトップスに着用し、ボトムはスカートの裾がスカラップ型にカットされ、フェアアイル柄のニットを用いたミニスカートを穿いている。このスタイルを女性モデルが着用していたら、なんら違和感を感じないスタイルであろう。だが、リアルなデザインであるにもかかわらず、モデルが男性であることでルックにインパクトが生まれている。

おそらく現代のジェンダーレスという社会変化を取り入れたファッションデザインなのであろうが、それとは別にクックが今コレクションで披露したアプローチはとても興味深い。ファッショデザインにおける常識を揺らすアプローチが披露されている。

インパクトを生み出すアヴァンギャルドなデザインを行おうとすれば、異形で大胆な造形やスタイルをデザインするのが一般的な傾向だろう。だが、クックが見せたアプローチは異なる。服やスタイルそのものはスタンダード、しかし着用する人間の性別を転換させている。これまでなら女性が着るであろうスタイルを男性に着用させ、着用者の性別を切り替えることでリアルな服でアヴァンギャルドなイメージを生み出すことに成功している。服そのものに奇抜さを帯びさせなくとも、服を取り巻く環境を変えることで、ファッションデザインはモード性を獲得できることをクックは証明した。

クックが見せたアプローチは性別に限らず「場所」にも転用できる。例えば、ウェディングドレスを自宅の部屋でリラックスウェアとして着るイメージを見せれば、ウェディングドレスに抱いていた一般的イメージが崩れ、インパクトの創造につながる一手になる。もちろん、より良い具体例となるデザインはきっとあるだろう。

インターネットが当たり前の現代は、方法論を簡単に入手することができるし、ある一つの方法論が一般的方法論として普及することも珍しくない。しかしながら、何かを実現させるための道が一つとは限らない。常識と呼ばれる道から外れた道によって、目指す場所に辿り着くことは可能なのだ。誰もが常識と言える道を歩けるとは限らないし、多くの人が歩き、結果の出ている道が絶対の正解とは限らない。生まれた環境によって、常識を歩くことが叶わない人間だっている。

だが、それで諦める必要があるだろうか。たとえ常識外の道を歩かなければならなかったとしても、新しい道を創造することは決して不可能ではない。一つの道が断たれたと思えたなら、それは新しい道を切り拓くチャンスだ。危機に思えた瞬間、その時こそ「これはチャンスだ。より良い結果を掴むための」と思考と姿勢を転換していく。その癖が習慣化すれば、人間の行動は変わっていき、結果が変わっていく。

大袈裟に言えば、人間のための暮らしを作り続けてきた歴史を持つファッションデザインには、人生の指針と示唆が隠れていることがある。社会が投影されるファッションには、それを読み解く面白さもあるのだ。

男性のミニスカートスタイルを提案したステファン・クック。普通の服であるにもかかわらず、挑戦的な服に見えてくる。迫力と大胆さを兼ね備えた造形の服よりも、リアルかつデイリーな服で挑戦的に感じさせる服が現代のアヴァンギャルドとなる時代が訪れた。現実で非現実を生み出す。そんなデザインがこれからのモダンとなっていくなら、ファッションは新たなる地平を切り拓く。

〈了〉

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