ショーレポート Doublet 2022AW

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1月の某日、1通のメールが「ダブレット(Doublet)」2022AWランウェイショーの開催を伝える。前回の2022SSコレクションをランウェイショーで観戦し、このデザインをパリモードの文脈で発表するのかと驚きでゾクゾクした感覚は、今も僕の中に残っている。そんなダブレットのショーを生で観る機会が再び訪れたことに、楽しみは高まる。

だが、そんな高まった胸の高鳴りが疑問に支配される。メールの文面を読み進めると、「んんん!?」と違和感に襲われたのだ。今回の2022AWコレクションは、一旦原宿駅近くの代々木公園に集まり、そこからバスで移動すると言う。しかし、バス移動だけだったら僕は違和感は覚えなかった。違和感を覚えたのはバスの移動時間だった。

「出発が14時00分で、到着予定時間が16時15分……」。

約2時間に及ぶ長時間のバス移動。いったいどこへ連れて行かれるのか。詳細は到着までの秘密となっていた。だが、違和感はまだ終わらない。ショー開催の前日、集合場所についての詳細が再びメールで届く。そのメールで僕は再び「んんん!?」と唸る。いや、それは違和感ではなく恐怖と言った方が正確だろう。

「十分過ぎるくらいの防寒対策をしてお越しいただけますと幸いです」。

ショーは屋外で開催され、会場がかなりの強風と極寒であることがメールには書かれていた。

最高気温が14度で「いや……きつい…辛い……」と思うほどに、今の僕は寒さに対して強烈に弱くなっている。そんな自分が、極寒と言われる場所で耐えられるだろうか。不安と恐怖に襲われ、ショー開催の当日になって急遽インフラウェアを揃えるユニクロへ赴き、人生で初めてのヒートテックアイテム(タイツとソックス)を購入する有様だった。

途中渋滞に巻き込まれ、当初の予定時間から1時間ほど遅れて3時間の乗車となったが、ショー会場へ到着する。辿り着いた場所は栃木県足利市だった。車内では、会場到着後すぐにショーが始まることがアナウンスされていた。いったいどんな会場なのか。僕の頭はその想像で駆け巡る。

バスを降りると、目の前に広がる光景に驚く。到着する前には全くもって想像できていなかった空間が、そこにはあった。僕は山奥まで行き、その山道をランウェイに見立てたショーでも開催されるのだろうかと想像していた。しかし、僕の想像は甘かった。ダブレットのデザイナー井野将之の想像は、足利を囲む山々よりも遥か上空にあった。

一面に広がるのは何度も繰り返し見た街の景色だった。しかし、その景色がこの足利市で見られることが不思議でしかない。そこには渋谷のスクランブル交差点が、現実の規模感で再現されていたのだ。同乗していた人々から感嘆のため息が漏れる。ここは「足利スクランブルスタジオ」という屋外の撮影スタジオであり、渋谷のスクランブル交差点を再現していることから、Netflixオリジナルドラマの『今際の国のアリス』『全裸監督 シーズン2』でも使用された場所だった。

思いもしなかった光景に驚き、寒いはずの場所で寒さが忘れられていく。

足利市のスクランブル交差点は、東京のスクランブル交差点と同様に人々が歩き、どこまでもリアリティが表現されている。信号が赤から青へ切り替わると、人々は道路を渡り始め、その多くは若者で、中には制服を着た女子高生と思しき女の子たちもいて、まさに渋谷と言える空間があった。だが、何度も言うようにここは栃木県の足利市であり、東京都の渋谷ではない。

もしかして、この歩いている人々の服装が最新コレクションなのだろうかと思い、慌てて人々の服装を観察し始めるが、すぐさま信号は点滅を始め、あたりを爆音が包む。多くの人々が歩く中、交差点の向こうから一人の人間が道路を渡り、こちらに向かって歩いてくることに気づく。その人物はピンクで染められたボブカットの毛先を揺らし、力強い歩みを見せていた。そう、この瞬間、ショーは始まったのだ。

ネイビーのブレザーにチェックのミニスカート、オフホワイトのチルデンニットと白いシャツ、そしてルーズソックス。1stルックに登場したモデルの姿は、僕に懐かしい記憶を呼び起こし、すぐさまに「平成のコギャル」というフレーズが頭の中を駆け巡る。次に登場したモデルは深みのあるグリーンのセットアップを着ているが、ジャケットの着丈は短く、「短ラン」という単語を思い出させた。パンツのウェストからは着用したアンダーウェアのウェストが見え、この着こなしにも「カルバン・クライン(Calvin Klein)」のアンダーウェアが人気となっていた時代の懐かしさを覚える。

ショッキングピンクや蛍光グリーン、褪せたブルーデニムのGジャンに施されたスプレーで描いたようなハート模様、豹柄を用いたトップス、鋲を打ちつけたライダーズ。次々に登場するアイテムは、1990年代カルチャーを現代に再現したような、いやただ再現するのではなくよりパワフルに昇華されたアイテムへとデザインされている。安室奈美恵やglobe、華原朋美、浜崎あゆみ、ミリオンセラーという言葉に価値があった1990年代後半の、あの時と同じ空気を2022年の1月、足利の渋谷スクランブル交差点で僕は感じる。

しばらくすると、僕はある誤解に気づき始める。ボブカットという先入観から、モデルを女性と思い込んでいたが、目の前を通り過ぎるモデルたちの体型から、男性もモデルとして起用されていることに気づく。それだけではない。一般的にファッションショーに起用されるモデルといえば、背が高く痩身のスタイルを思い浮かべるが、今回のダブレットのショーに起用されたモデルたちは身長や体型が千差万別で、車椅子や義足のモデルも登場し、様々な個性がランウェイに現れていた。

ここで違和感が芽生える。そのように様々な体型のモデルたちが登場しているが、顔が全員同じなのだ。出てくるモデル皆が同じ顔をしている。モデルたちの顔は、バーチャルモデルのimmaだった。誰もがimmaの顔でスクランブル交差点を歩いている。これはいったいどういうことなのか。

僕はもはや服のことが気にならくなっていた。服を見ているというよりも、人間を見ている感覚に囚われる。どんなシルエットなのか、どんなディテールなのか、コレクションを見る際にいつもなら気になってしまうことが気にならない。服に重要な意味はないと思えるほどに、人間への興味が掻き立てられていく。

ショーはフィナーレに向かう。渋谷駅の改札から出てきたimmaの顔をしたモデルたちは、交差点を前に全員立ち止まり、一斉にピンクヘアのマスクを脱ぐ。そこには当然のことながら、様々な個性の顔が現れた。そして、遠くから見ていても空気に乗って伝わってくる。モデルたちは笑っていた。実に楽しそうに、嬉しそうに笑っている。信号は点滅を始め、モデルたちは幸せそうな表情でスクランブル交差点を渡る。モデルたちが姿を消した後、最後に登場したのはimmaのマスクを被ったデザイナーの井野将之だった。彼もマスクを脱ぎ、挨拶をして去っていった。

平成のコギャルファッションをパワフルに発展させ、1990年代カルチャーを性別も体型も関係なく着る。だが、着用する人間たちの顔はバーチャルモデルという現実には存在しない人物の顔で統一され、ショー会場は渋谷のスクランブル交差点が再現された足利の仮想空間。しかし、仮想空間といってもパソコンのモニター上に再現されたものではなく、実際に建築として現実に再現されている場所。現実か仮想か、僕の頭の中は左右に揺れ、答えが見出せない混濁状態に陥る。

ショー終了後に、渋谷駅の改札付近で囲み取材で行われた。取材の終盤、一つの質問を井野将之は受ける。今回のショーでモデルたちは同じマスクを被っているが、一方で障害を持つ方もモデルに起用し、体型の違い、世の中にはいろんな人がいることについての考えを質問され、井野将之は下記のように答えていた。正直に言えば、ショーテーマに関する話よりも、僕にとってはこの答えが囲み取材で最も印象に残った瞬間だった。

「単純に個性だと思っています。色々な体型の人がいて当然だと思っていて、例えば渋谷のスクランブル交差点で神様が手で100人を掬い上げたら、そこには男性も女性もいて、背の高い人も低い人もいて、もしかしたら車椅子の方もいて、それが当然なんだと思います。そういう空間にしたかったんです」。

ファッションとは、あらゆる人間の個性を肯定する。白いシャツを着ることを好きな人もいれば、花柄シャツこそが好きだという人もいる。アヴァンギャルドが嫌いな人もいれば、好きな人だっている。人間の数だけ、スタイルの数がある。無数にある世の中の服から、人々は自分が最も魅力を感じた服を着る。だが、その服を好きになった人の中には、きっと様々な体型の人たちがいるだろう。

好きな服なのに、着ることができない。タブレットはそんな悔しい思いはさせない。仮想の渋谷スクランブル交差点で発表されたダブレットのコレクションは、様々な体型の人たちでも、このダブレットが着たいと思った人なら誰でも着られるように作られていた。なぜ、先述の井野将之の言葉が心に響いたのか。きっとそこに「あらゆる人間を肯定する」という、ファッションの原点、ファッションの愛が語られたからではないか。僕はそう思えた。

そして僕は自らに問う。現実では叶えられないことを、仮想の中で実現する。そこは理想が具体化されたユートピア。だが、僕が生きるのは現実。仮想の中の現実を、現実にできるのか否か。今すぐに答えなど出るはずない。答えは出すために迷うことが必要だ。ダブレットのショーで体験した混濁は、僕の迷いだった。迷った先に、答えが待っている。迷いはネガティブなものではなく、ポジティブなものなのだ。

取材は終わり、帰りのバスに乗車し、原宿駅へ到着する。時刻は20時過ぎ。僕は自宅の最寄駅に帰り、お気に入りのラーメン屋で夕食を取ろうと考えていた。しかし、今日からコロナ感染拡大に対するまん延防止等重点措置が始まり、21時に飲食店は営業を終えてしまう。駅に着く頃では、到底ラストオーダーには間に合わない。これが自分の現実だ。さて何を買って帰ろう。何を食べよう。僕は迷い始める。

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