ファッションを心から楽しませるロク

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AFFECTUS No.320

モードファッションには大きく分けて2種類のデザインがある。一つは、それまでの文脈を書き換える大胆で迫力を伴うデザインだが、それは必ずしも人々にポジティブな感情を生むとは限らない。デザインの先進性が過ぎるあまりに、時には怒りさえ呼び起こすこともある。今では疑問の余地すらない、当たり前のファッションにしか見えない女性のパンツスタイルも、1900年代前半にココ・シャネル(Coco Chanel)が発表した当時は、女性がパンツを穿くことが驚き・戸惑い・怒りを起こすほどにアヴァンギャルドなスタイルだった。

もう一方のデザインは、服装史を大幅に更新するほどの前衛的迫力はないが、人々に「欲しい」「着たい」と消費者意欲を強烈に刺激するデザインである。エディ・スリマン(Hedi Slimane)やフィービー・ファイロ(Phoebe Philo)は、大別すれば実需を刺激するデザイナーに分類でき、二人が世界に起こした熱狂を思い出してもらえれば、このタイプのデザインが持つパワーをご理解いただけるだろう。

そして今回登場するのは、ファイロの系譜を正当に受け継ぐロック・ファン(Rok Hwang)が2016年にスタートさせた「ロク(Rokh)」だ。

ファンはロンドンの名門セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)卒業後、ファイロ在籍時の「セリーヌ(Celine)」で腕を磨いてきた。2016年に自身のブランドを立ち上げ、師であるファイロと同じく見る者の購買意欲を刺激するリアルモードを発表し続ける。その姿勢は最新2022AWコレクションでも健在で、いや訂正しよう、ロクのデザインは以前よりもキレを増していた。

ファーストルックに登場したのは黒いテーラードコート。白いシャツを第1ボタンまで留め、コンパクトなVゾーンとコンパクトなショルダーラインに包まれたスレンダーな装いは、ビッグシルエットが主流のファッションに見慣れていた僕に新鮮な思いを抱かせる。

ここから、ロクの本領が発揮されていく。ただのシンプルなテーラードコートを、彼はデザインしない。

モデルはコートの上から黒いベルトを巻き付け、ベルトによって縛られた腕やウェストがSM的イメージを作ると同時に、シルエットのスリムさをいっそう強調する役割を果たす。パンツは黒い生地を使い、ややフレアなシルエットを描き、シャープなコートとスタイリングされたことで確かにカッコいいのだが、足元に白いスニーカーを履く外しを入れ、スタイルをクールに振りすぎない心憎いセンスを披露する。

テーラードのアイテムがしばらく続いた後、カジュアルウェアのトラッド、コルセットのバストカットを取り入れたドレス、ハードなライダース、ストリートなキャップなど世界に点在する様々なファッションスタイルからアイテムをピックアップし、ロクはそれらのアイテムを得意のクール&シャープへと染め上げて発表していく。

キャップを被り、黒地に霞んだ赤いラインが交差するチェック生地を使用したコートは、ファーストルックに登場したコンパクトショルダーのスレンダーコートとは違ってドロップショルダーで作られ、裾に向かって緩やかに絞られていくエッグシルエットを描き、コートの裾からは赤い毛糸上の房がぶら下がり、肌が露わになったふくらはぎと白いスニーカーの組み合わせは健康的で、一つのコートスタイルの中にトラッド、ストリート、スポーツと3種類のファッションが入れ替わり感じられるスタイルが完成されていた。

ロクを見ていると「センスが抜群」という言葉が毎回浮かんでくる。どんなファッションであってもデザインのモチーフにし、破綻なきスタイルへ構築する。この手腕は世界でもトップクラスで、ファイロを除けば同じ領域に到達しているのは、世界でもフィリップ・リム(Phillip Lim)一人なのではないかと思えるレベルの高さだ。

ロクにはファッションの楽しさが凝縮している。

「世界にはこんなにもたくさんのファッションがあって、私たちは自由に着ることができる。それを楽しまなくてどうするの?」

ロクはファッションを根元的に楽しませる。

「スタジャンを着てみたい」
「トレンチコートを着てみたい」
「チェックのニットを着たい」

痺れる服に出会ってしまったら思うことは、ファッションの文脈がどうとかではなく「この服を着たい」という熱さではないだろうか。難解さはいらない。ただただ、カッコよさ、美しさだけをファッションから感じたい。直感的に感覚的にファッションを楽しみたい。ファッションの根源的欲求をロクは目覚めさせる。

ロクのデザインは間違いなくモードで、着る人を選ぶだろうし、モードを興味を持ち始めたばかりの人には、着てみたいと思っても実際に街で着るには勇気が必要に違いない。だが、モードの入り口に立った人にこそ、僕はロクをおすすめしたい。

どうか、ロクの服に手を伸ばして欲しい。

手を伸ばした先に、きっとファッションの面白さが待っているはずだ。ロック・ファンは人々にファッションの自由と楽しさ、そしてカッコよさを届ける。考える必要はない。感じるがままに楽しめばいい。ロクはファッションの原点を訴える。

〈了〉

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