ウェールズ・ボナーのNEW VISION

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AFFECTUS No.363

ブランドがシーズンを重ねる毎にデザインを変化させていき、数年後にはデビュー当初とは違うスタイルに転換していることは珍しくない。この変化は初期のデザインに魅了されたファンが離れる可能性もあるが、新しいファンが生まれる可能性も潜む。もちろん、デビューからのファンが新しい変化を好み、さらに愛を深めることだってあるだろう。

グレース・ウェールズ・ボナー(Grace Wales Bonner)は、自身のブランド「ウェールズ・ボナー(Wales Bonner)」のスタイルを緩やかに変化させ、今では新たなエレガンスを備えたコレクションへと生まれ変わらせた。ボナーと言えば、2016年に「LVMH Prize」でグランプリを獲得したテーラードスタイルの印象が強い。だが、僕は現在のレトロムードなカジュアルスタイルのボナーがとても好きになっていた。

ボナーのカジュアル化を初めて感じたのは、2019AWコレクションだった。彼女のデザインを継続して見ていなかったシーズンが続き、久しぶりに見たのが2019AWコレクションなのだが、時間があいたことで逆にボナーの変化を感じやすくなっていた。

2019AWコレクションは、ボナーの代名詞であるテーラードスタイルが持つ綺麗な空気感は維持しつつ、得意のスマートシルエットに程よくゆとりが入り込み、アイテムにはスウェットパンツやスタジアムジャンパーが登場するなど、以前には見られなかったカジュアルアイテムがデザインされていた。

翌シーズンの2020SSコレクションでは、さらにボナーの変化を強く実感する。当時の僕は、コロンビアの麻薬組織とアメリカの麻薬取締捜査官の戦いを、実話に基づいて制作したNetflixのオリジナルドラマ『ナルコス(Narcos )』を観ていたため、このコレクションに南米マフィアたちが着る色気と泥臭い熱気がミックスしたカジュアルスタイルをイメージしていた。テーラードスタイルは完全に消えたわけではなく、このシーズンでも発表されている。ただ、初期に見せていたクラシックなムードはほぼ消失し、代わって表れていたのは先述のナルコス的レトロムードだった。

2020AWシーズンでは、ボナーのDNAであるスーツが多数発表されたが、やはりジャケットからシックな香りは以前ほどには感じられなくなっていた。スーツを着た人間をスレンダーに見せていたシルエットは、適度なボリュームが入り込み、ルーズな着こなしをする男たちが登場する。確かにクラシックなメンズテーラード的香りは消えたが、モデルたちの姿にはジャズミュージシャンのような別の渋さが立ち上がり、ランチコートが登場するなどしてボナーのカジュアル化はいっそう進行していく。

そして、ボナーの才能が完全に覚醒したと感じたのが2021SSコレクションだった。ボナーの新しい代名詞になっていたレトロムードは、このコレクションでさらにパワーアップを果たす。ここで加わったのはスポーツテイスト。「アディダス(Adidas)」のスリーストライプが象徴的な、スレンダーなトラックスーツは1970年代が匂うレトロスポーツの趣を見せる。初期に見せていたブリティッシュなクラシックは、この2021SSシーズンで消失したと言えるだろう。

2021SSコレクションの時期になると、僕の中でボナーに対する関心は一気に上昇していた。

「めちゃくちゃ、いいじゃないか!」

そんなふうに思うほどに。

現在のボナーから感じるのは、2020SSコレクションでも触れた南米的香りであり、乾いた空気と、手をかざしたくなる太陽の光が降り注ぐ街で暮らす男たちといったアフリカ的ムードである。ジャマイカ系イギリス人であるボナーにとって、現在のコレクションは自身のルーツが表現されたものかもしれない。

僕がモードブランドに強く惹かれる時、デザイナーの背景が色濃く表れた時が多い。好きとか嫌いとかではなく、その環境、習慣、文化で育ったから今の自分がある。そんなデザイナーの背景が投影され、同時にデザイナーによる「現代」という時代の解釈が盛り込まれた時、コレクションは人の心を揺さぶるパワーを獲得する。

今回は、僕が敬愛するフォトグラファー、リリアン・バスマン(Lilian Bassman)の言葉を抜粋して終わりとしたい(どのメディアに掲載されたコメントか、不明のため申し訳ない。日本のメディアに対するインタビューだった)。その言葉とは、バスマンから若いアーティストへのアドバイスである。グレース・ウェールズ・ボナーは、バスマンが言う体験をくぐり抜けたデザイナーなのではないだろうか。少し長いメッセージだが、読んでもらえたらと思う。

「まず興味を持ったことを徹底的に発展させることです。それに考えつくすべての可能な手段を使ってどんどん探検していく事だと思います。(中略)ほとんどの偉大な芸術家は、イメージで同じ事を語るのに新しい方法を見つける事に大変なストラグル(苦闘)を経験しているはずです。私も若い人々、アーティストに言いたい事はこのストラグルを経験すべきだと。

それに若い人は、まわりにいるアーティストに簡単に影響されてしまいます。そして、そのストラグルを経験して、時が熟して、やっとそこから抜け出られるものです。大変だと思いますが、必ず通る道です。

そしてやっているうちに、自己のビジョンが起こるのです。起こってしまうのです。HAPPENです。このHAPPENが重なり、自分に今何が起こっているのか見つつ、だんだん自己認識できる様になっていきます。これがその人の持っていたその人の将来のVISIONにつながっていくのです。NEW VISIONは“HAPPEN”です」

〈了〉

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