マーティン・ローズと映画『アウトレイジ』

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AFFECTUS No.396

2023AWシーズンの先陣を切る形で、「ピッティ・イマージネ・ウォモ(Pitti Imagine Uomo)」(以下、ピッティ)が開幕した。毎年1月と6月に開催される、この世界最大級のメンズプレタポルテ見本市では毎回ゲストデザイナーが招待され、最新コレクションを発表するイベントが行われるが、今回はロンドンからマーティン・ローズ(Martine Rose)が招かれ、1月12日に2023AWコレクションを披露した。

ローズのコレクションに抱く私のイメージは「ダスティスタイル」だった。埃をかぶったような、燻んだ素材感と色味が服にアンダーグラウンドな味を加え、一筋縄ではないかない人間たちのためのユニフォームと言える魅力があった。

パンクやロックという表現も似合うかもしれないが、私個人の感覚としては、ローズの服からはあまり音楽性を感じられない。カルチャーよりも人間そのものに焦点を当てているコレクションに感じられるのだ。世間で常識とされる道を歩くことはできなかったけれど、プライドを持って今の環境を生きている。そんな人間像が、ローズのコレクションを見るたび、私の脳内に浮かび上がる。それは、ピッティで発表された2023AWコレクションでも同様だった。

渋みと燻みを醸す素材感と色味、ルーズで怠惰なイメージを抱かせるシルエット、日本のヤクザも連想させるスタイリング(感じるのは北野武の映画に通じる世界観)、ローズの根幹を成す要素はピッティでも健在。ただ、今回のコレクションでは従来のローズとは違う新しい一面が見られた。その鍵となったのが、テーラードスタイルである。

ローズはチェックシャツやジーンズ、MA-1ブルゾンやトラックスーツなどを多用するため、ストリートなカジュアルスタイルの印象が強いが、テーラードジャケットの使用も多く、クラシックスタイルが混合した特徴もある。そしてピッティで発表されたコレクションでは、従来よりもクラシック成分が強く盛り込まれていた。

テーラードジャケットはもちろん、シャツ&ネクタイのスタイリングがジャケットやコートだけではなく、トラックジャケットやGジャン、ショートブルゾンといった従来のローズスタイルと組み合わされ、クラシックアイテムの多用がローズのDNAに新たな側面を作り上げる大きな要因となっていた。

ブランドが、それまでのスタイルを変貌させる大胆さを見せた時、私は心揺さぶられるが、今回のローズのようにブランドの特徴をキープしたまま、新しさを見せるテクニカルなコレクションが披露された時も、テンションが上がってしまう。

黒地に白く細いストライプが浮かび上がるピンストライプ生地のスカートに、スポーツウェアのようなライン使いをしたトップスを合わせたり、ツイード調素材のシックなテーラードジャケットの下には、サッカークラブのユニフォーム的トップスをレイヤードするなど、ローズはクラシックを自分なりにとことん遊ぶ。

しかし、そこにポップな空気は皆無。あくまでダスティでアンダーグランドな空気が徹底されている。燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びて生きる人間よりも、路地裏の廃れたビルの一室を根城にするような人間を、ローズは愛しているのかもしれない。そんなことを想像してしまうからこそ、私はローズのコレクションに北野武の映画を思い浮かべたのだろう。

そこまで強調しておいてなんだが、私は北野武の映画を熱心に観てきたわけではない。いや、まともに観た作品は一つだけである。それが『アウトレイジ』だった。「全員悪人」というキャッチフレーズが物語る通り、暴力団の人間模様を描く映画で、過激な暴力シーンや拷問シーンが含まれたバイオレンスな作品であり、観ていて目を背けたくなるシーンも一つや二つではなかった。厳密に言えば、私がローズから感じるのは北野映画というよりも、アウトレイジの世界観になる。

ただし、ローズが描く人物像と世界観は、アウトレイジほど強烈なアウトローではなく、もっとマイルドだ。本格的バイオレンスの世界には、身を投じていない人間たちが住む世界である。

モードには人間が透けて見えてくる面白さがある。デザイナーが描く人物像に共感を覚えるか否かは、ブランドを好きになるかどうかに直結してくる。ローズのショーに登場するモデルたちは、微かな暴力性も秘めた闇が漂う人間の姿を表す。誰もが、陽の下を歩けるわけではない。太陽の当たらない場所で生きるしかない人生もある。マーティン・ローズは、人間の影を肯定する。

〈了〉

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