これまでコペンハーゲン ファッションウィークから注目のブランドを何度か紹介してきたが、2月15日、フィンランドブランド「ロルフ エクロス(Rolf Ekroth)」の日本国内における展示会を見る機会に恵まれた。2年前の2022年、当時発表された2022AWコレクションをヴォーグ ランウェイ(Vogue Runway)で見て、私は初めてロルフ エクロスというブランドを知る。
シルエットは野暮ったく、所々にミリタリー要素も入った服は、本来ならイメージのまま無骨なものになるのだろう。だが、ロルフ エクロスは、大量のピンバッチを取り付けたニットアイテム、カーペットを丸めたようなショルダーバッグ、幾度も登場するビッグフォルムが、シリアスでコミカルという不思議なルックを作り出していて、それが私の中で妙に引っかかった。もちろんポジティブな意味で。
今年1月下旬に発表された2024AWコレクションでは、ロルフ エクロスの特徴は維持されつつ、初めて見た2022AWコレクションよりもノスタルジーが強くなっていた。あたたかみのある素材感、緩やかなシルエット、柔らかなトーンの色、カジュアルアイテムを中心にしたスタイルが、童話世界のように優しい。私が今回見てきたのは、この最新コレクションの2024AWコレクションになる。
ロルフ エクロスの日本国内におけるPRとセールスを行う「BOW」から展示会の案内をいただき、約束の日時に会場へ向かう。その日は2月にしてはやけに暑く、昼食に食べた国立競技場駅近くのカレー店「ヘンドリクス(Hendrix)」のチキンカレーの影響もあり、歩いているだけで額に汗が滲むほどだった。会場に到着し、連絡をいただいたセールスの方と名刺交換し、早速コレクションを拝見する。
服について触れる前にロルフ エクロスの概要を話したいと思う。デザイナーの名前は、ブランド名と同じでロルフ・エクロス。彼はファッションの道をまっすぐ進んできたわけではなかった。高校卒業後、エクロスは進路に社会福祉を選ぶが、数年後に自身がこの分野には向いていないことに気づき、転換する。その後、販売の仕事に就くも、2004年にフィンランドでオンラインポーカーが流行すると夢中になり、エクロスはポーカーのプロとして生計を立てるまでになった。
だが、エクロスはポーカーも自分に向いていないと実感し、またもキャリアを変更する。そこで、エクロスが服に興味を持っていたことを知っていた友人が、彼にファッションの道を勧める。友人の助言もあり、彼は2回目の受験でヘルシンキのアアルト大学(Aalto University)に合格し、入学することになった。
アアルト大学の大学名は、フィンランドの建築家アルヴァ・アアルト(Alvar Aalto)が由来となっている。建築、デザインの分野を中心に国際的に活躍する人材を送り出し、デザイン教育において世界でも有数の大学が、アアルト大学である。エクロスがファッションデザインを学び始めたのは30代で、かなり遅いスタートだったと言える。
2015年にアアルト大学を卒業後、エクロスは「イエール国際フェスティバル」で2016年ファイナリストに選出され、自身の実力を証明する。イエール国際フェスティバルは、「LVMH Prize」登場以前は世界No.1の注目度を誇るファッションコンペで、現在でも「ボッター(Botter)」のルシェミー・ボッター(Rushemy Botter)とリジー・ヘレブラー(Lisi Herrebrugh)を見出すなど、新しい才能の発掘に定評がある。
アアルト大学の卒業生の多くが大手のファッションブランドで働く中、エクロスは自身のブランド設立の道を選ぶ。1949年に設立されたフィンランドのスポーツウェアブランド「テリニット(Terinit)」から連絡をもらい、エクロスは面接を受けることになった。その際、彼はハッタリをかます。テリニットで働きたい理由は、自身のブランドにも資金を提供してくれるからだと言う。すると、その場でテリニット側から「OK」と言われ、テリニットは「ロルフ エクロス」への出資を決める。エクロスとテリニットはイタリア・フィレンツェで年2回開催される「ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Imagine Uomo)」でコラボレーションも発表し、エクロスのシグネチャーブランド以外でもプロジェクトを進行している。
では、2024AWコレクションについて話していこう。
今回は、冬季オリンピックの競技を自宅のソファで視聴するフィンランドの文化がテーマだった。アイテムの中に登場する文字「RAKAS」はフィンランド語で「親愛なる」を意味し、「NOTTE」はイタリア語で「夜」を意味する。そのため、2024AWコレクションのタイトルは「親愛なる夜」となっている。
ウィンタースポーツから着想を得ているため、トップスの配色やライン使いはアイスホッケーのユニフォームを思わす。アイテムの構成は基本的にカジュアルだが、テーラードジャケットも製作している。だが、いわゆるクラシックとは違う趣だ。毛足の長い素材を使い、色もレッド系で仕上げ、ファンタジーな1着が完成している。懐かしさと温かさを感じるジャケットである。
付属使いも特殊だ。服地に取り付けられた、くるみボタンは機能としての意味を持たず、装飾的効果を発揮する。配列されたボタンはまるで子供が遊ぶように楽しげで、ユーモアを生み出す。
綿菓子か、それとも雪だろうか。球形のモチーフをトップスへ大量に取り付けたデザインもあり、ラルフ エクロスの幻想性が滲み出し、深刻なムードはない。絵本を見ているように優しく朗らかだ。それは自然と動物が編み込まれたニットウェアにも共通する。展示会場の棚の上で、両袖が折り畳まれて置かれたニットはツナギだった。ショーの1stルックを飾ったアイテムは、ノスタルジックな編み地模様に反してダイナミックだ。
ワークウェアテイストの服にもファンタジーは匂う。ジャケットの左胸にはニットの飾りが取り付けられているが、これはラクロスの母親が手編みで製作したもの。またレザーには肌触りが滑らかなトナカイレザーを使用し、素材のタッチにも優しさを添える。
PRの方が「ゼッケンバッグ」と呼んでいたバッグは、ウィンタースポーツからの着想で、首から掛けると胸の前に来るようになっており、ユニフォームに縫い付けられた背番号のようだった。ただし、バッグの表面に表現されたのは番号ではなく、北欧デザインらしい抽象柄である。
ラルフ エクロスはノスタルジーだけが特徴ではない。時折、毒も挟み込む。フィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)の絵画を思い起こす、おどろおどろしい抽象プリントは、エクロスのチームメンバーが描いた油絵をスキャンして製作したオリジナル柄である。
付属といえば、コイン型のバッジも忘れてはならない。ゴールドのコインバッジは、エクロスが今回のコレクション製作期間中に夢中になった、スーパーマリオのゲームから発想されたものだ。エクロスはコレクションと同じく、製作プロセスにも深刻さがない。面白いと思ったものは吸収し、アイデアとして発展させていく。
ファッションはクールなデザインに痺れる体験も興奮するが、ノスタルジックな思いを呼び起こすファッションには愛らしさと味わい深さが生まれる。ロルフ エクロスがもたらす体験は、間違いなく後者である。
PRの方に取り扱いショップについて伺ったところ、現在日本でロルフ エクロスを扱っているショップは、福岡の「NIGHTHAWKS」1店舗のみで、しかも服よりもアクセサリーの扱いが多いとのこと。現状、ロルフ エクロスの服を日本で実際に見る機会はかなり限定的だ。日本では簡単に手に取ることのできない服だが、私はこれからもかわいさと夢の詰まったフィンランドブランドを観察し続けていきたいと思う。
Instagram:@rolf_ekroth
*参考資料
COPENHAGEN FASHION WEEK “Rolf Ekroth”
HYPEBEAST “Building a fashion brand in Finland is no small feat. Rolf Ekroth is leading two”
Fucking Young! “Feel free to be cool. A little chat with Rolf Ekroth”