AFFECTUS No.510
スーツは、クラシックなメンズファッションの王道であり王様。そう述べても差し支えない存在感のアイテムだ。もちろん、ストリートウェアのようにカジュアルを軸とするブランドならば、必ずしもシックなスーツが重要アイテムとは限らない。ただ、それでも魅力的なジャケットとパンツがあれば、コレクションのムードは一気に格上げされる。それほどメンズウェアにとってスーツは、影響力のあるアイテムだと言える。
3月に発表された「サンローラン(Saint Laurent)」2024AWメンズコレクションは、久しぶりにメンズクラシックの王道を見た思いだ。コレクションの主役はダブルブレステッドのスーツ。メゾンの創業者であり、その名を歴史に刻む伝説のクチュリエ、イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)を彷彿させる フレームの眼鏡を掛けた男性モデルたちが、重厚感あふれる厳粛な空間を歩いていく。
円形のランウェイ中央にそびえるメゾン伝統の「YSL」ロゴは、堂々たる風格。モデルたちは、ブラックとグレーを基本色にした衣服を纏い、首元に巻かれたネクタイのくぼんだディンプルが艶やかな色気をふりまく。男性モデルたちは、肩パッドを入れた硬く幅広いショルダーラインのジャケットに袖を通し、歩行に合わせて流麗に生地が揺れるストレートパンツを穿き、首元はシャツを第一ボタンまでしっかり留めて、ネクタイを巻いている。
モデルたちの姿に大胆な肌の露出は見られず、服地で肌を覆い隠している。しかし、どうして、濃色なグレーのダブルスーツを着た男たちからは、ベッドの上で裸のまま横たわるシーンが浮かぶ誘惑のエレガンスが発散されているのだ。これぞ、ダンディズムあふれるセクシー。イタリアンブランドが発する、マッスルなセクシーとは違う。サンローランのセクシーは儚げで、けれども逞しさを共存させた色気である。
2024年現在、たとえば東京の街中で、日常的にダブルのスーツを着る男性はあまりいないだろう。スーツを着ている男性を見かければ、彼らのほとんどがシングルのスーツを着ているはずだ。
なぜか?
少なくとも日本でダブルのスーツは野暮ったく見られがちで、もっとストレートに言うなら「おじさんアイテム」の象徴になっている。いや、現代のおじさんでもダブルのスーツを積極的には着ていない。それほどに渋さの際立つアイテムというのが、ダブルスーツの現実ではないか。
だが、今回発表されたサンローランのダブルブレステッドスーツは異なる。上質感あふれるテキスタイル、主張よりも抑制が美を際立たせることを教えるシックな色使い、力強い肩幅とボタンを留めた際のささやかなシェイプの対比が心憎いジャケット、脚の動きを滑らかに澱みなく形作るパンツなど、上品さを極めた要素が一つになり、ダブルブレステッドのスーツは極上のエレガンスを仕立て、メンズファッションの古典的美しさを凝縮した見事なデザイン。それが今回のサンローランのスーツだ。
ジャケットとパンツにアヴァンギャルドな要素は皆無で、スーツの基本に倣ったフォルムが展開されている。だが、生地、色味、ボタン、カッティングなど、服を作り上げる上で必要不可欠の要素に、入念な検討がきっとなされたはずだ。
ランウェイを歩くモデルたちのスーツ姿に、オートクチュールドレスと比肩する美しさを感じると言うのは大袈裟だろうか。だが、私にはそう思えた。
「新しさよりも美しさ」。
サンローランが仕立てるダブルのスーツは、ファッションもう一つの価値を私たちに突きつける。
〈了〉