ビビッドな色と実験的フォルムでパリを彩るゾマー

スポンサーリンク

AFFECTUS No.512

直線のカッティングがミニマリズムを演出し、明るく鮮やかな色使いがポップで楽しげ。だけど、フォルムのいたるところに実験性が差し込まれ、コレクションは奇怪さも含む。2023年に設立されたばかりのパリ発のブランド「ゾマー(Zommer)」は、ホワイトスペースの美術館でコンセプチュアルアートを鑑賞する錯覚が迫るウィメンズウェアを仕立てる。このテキスト執筆時点で、卸先セレクトショップの数は6店舗とまだまだ少ないが、「ドーバーストリートマーケット パリ」や「バーグドルフ グッドマン」などが早くも取り扱い、ゾマーのデザイン性は注目を集めている。

ブランドを設立したのはデザイナーのダニエル・アイトゥガノフ(Daniel Aitouganov )とスタイリストのイムルー・アーシャ(Imruh Asha)の二人で、ブランド名はオランダ語で「夏」を意味する。 彼らが出会ったきっかけは、アイトゥガノフがアムステルダム・ファッション・アカデミー(Amsterdam Fashion Academy)の卒業作品のスタイリングを、アーシャに依頼したことだった。

アイトゥガノフがファイナリストになった2017年のイエール国際ファスティバルでも一緒に取り組み、その後二人はブランドを一緒に立ち上げることを構想し始めるが、実際にゾマーを開始するまで7年近い月日を要する。

アイトゥガノフは「クロエ(Chloé)」、「バーバリー(Burberry)」でキャリアを積み、アーシャはカルチャーメディア「デイズド(Dazed)」のファッション・ディレクターを務めてスタイリストとしての腕を磨き、地位を確立していく。そして機が熟し、アイトゥガノフとアーシャはゾマーを立ち上げるのだった。

念願のデビューコレクションとなった2024SSコレクションは、ゾマーの特徴がよく現れていた。ゾマーのコレクションは、色使いで楽しませてくれる。オレンジ・ピンク・ブルー・レッド、見ているだけで気分を明るく楽しくするカラーパレットが、ランウェイに彩りを添える。

そしてビビッドな色使いを、シャープなカットとスポーティな装いの効果で、ポップかつクールなスタイルへと着地させる。ノースリーブのミニドレスは足元にパンプスを合わせ、緑・赤・青の色が滲むキャミソールロングドレスは、柔らかな布が軽やかに揺れて、爽快そのもの。

ただし、ゾマーはシンプルウェアとは違う。アイテムのあちこちに実験性を服のパターンで表す。木製の壺を彷彿させるフォルムのトップスに、パステルな色味のプリーツスカートをスタイリングし、現実と非現実の服が混合する。ミドル丈のノースリーブドレスはシンプルな形だが、左前身頃やウェスト付近にビッグサイズのビビッドカラー製布バンドを留めつけるなど、コンセプチュアルなアート作品的に服を見せていく。

色と素材の組み合わせ、構築的な切り替え線やドレープを多用した形づくり、それらの技法で服を実験的に作り上げるが、ボリューム自体はコンパクトなので、アヴァンギャルドにカテゴライズするほど実験的な印象は覚えない。リアルと実験性のバランスが、ゾマーの魅力だ。

デビューから2シーズン目を迎えた2024AWコレクションは、パリでショーを開催し、アルゼンチン生まれのアーティスト、ルーチョ・フォンタナ(Lucio Fontana)の作品から着想を得たルックが登場する。フォンタナの代表作が、ビビッドな赤一色で塗りつぶしたキャンバスに、ナイフで切れ目(スラッシュ)を入れた作品である。『空間概念 期待』というタイトルの作品に、フォンタナはどんな意味を込めたのか。

彼はキャンバスにナイフでスラッシュを入れ、キャンバスに穴を開けることで空間に穴を開け、新しい次元を生み出そうとしたのだった。裂いて生まれた切れ目の隙間から覗く、向こう側の世界。フォンタナのアートを、ゾマーは服で表現する。ドレスやコートの側面や中央にはスラッシュが入るのはもちろん、立体的な形でスラッシュを入れて、服に生まれた隙間の存在感を強めるのだった。

2024AWコレクションは、フォンタナから着想を得たデザインだけではない。デビューコレクションでも見られた、シンプルでコンパクトなフォルムにドレープとシャープなカット、素材と色の切り替えの連続を繰り返し用いて、前シーズンのルックよりも実験性がパワフルに進化。ただし、ゾマーは現実世界からは完璧には逸脱しない。

デニムスカート、ファスナー開きのニットトップス、ロングスリーブのポロシャツといったベーシックアイテムを、ゾマーならではの色彩とパターンで作り上げて、ファッションのリアルを表現するのだった。

まだ2シーズンしか発表していないゾマーだが、一目で惹きつける個性を確立している。とりわけ、興味深かったのはシンプルな形と実験性の融合である。これが、アヴァンギャルドな造形で発表されいたら、ひと昔のモードウェアのようで新鮮味が薄れていただろう。だが、ゾマーはリアルなアイテム、体をナチュラルに表現するシルエットを、不可思議で浮遊感のあるフォルムと織り交ぜながら発表することで、ミニマルとアヴァンギャルドの境界を薄めた。それは「JW アンダーソン(JW Anderson)」にも通じるセンスである。

ダニエル・アイトゥガノフとイムルー・アーシャは、その鋭い視点でファッション空間を切り裂いていく。

〈了〉

*参考資料
AnOther “zomer, the New Brand With a Gleefully Childlike Approach to Fashion”

FÉDÉRATION DE LA HAUTE COUTURE ET DE LA MODE “Basic Colour Instinct with Zomer”

スポンサーリンク