アジアの技法と素材を服にするチアホン スー

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AFFECTUS No.518

ついに今年2024年の「LVMHプライズ」ファイナリスト8組が発表された。ファイナリストの発表は、2022年と2023年は3月25日に発表され、今年もLVMHプライズのInstagaramアカウント(@lvmhprize)では、4月1日時点の投稿で「あと数日でファイナリストを発表」とアナウンスしていたが、一向に発表されてこなかった。だが、4月23日になり、ようやく今年のファイナリストが発表されたというわけである。

通常ならファイナリストに注目すべきだろうが、今回は惜しくもファイナリストに残らなかったセミファイナリスト12組の中から、魅力的な個性を持つデザイナーを一人だけピックアップしたい。常に前へ前へと進むファッションだが、時には世の中の流れと逆行するのもいいのではないか。今回取り挙げるデザイナーの名前は、台湾をベースに活動するチア・ホン・スー(Chiahung Su)だ。

今年のLVMHプライズで選出されたセミファイナリストのデザインを見ていて感じたのは、全体的にデザイナーが生まれ育ったルーツの文化に根差し、その文化をクラフト的技術で、緻密な構造に作り上げた服が多いということ。LVMHは、ファッションをクワイエット・ラグジュアリーから次のステージへ持って行こうとしているのだろうか?

少し話が逸れてしまったが、今年のLVMHプライズの傾向を表すデザインを披露しているのが、チア・ホン・スー(Chia hung Su)だった。ブランド名では表記が「チアホン スー(Chiahung Su)」となる台湾ブランドは、Instagram(@chiahungsu_)に時間の経過と土着的な香りが漂う写真をいくつも投稿している。

ハンドメイドのセラミックボタンは、一つひとつ色味が微妙に異なり、陶器を見ているようだ。テーラードラペルのロングコートに使用された、白と黒が斑模様を成す重厚な質感の素材は工芸品の趣を発している。この素材は、台湾原住民の中で2番目に多い人口規模を誇る、タイヤル族の手織りによって作られていた。

チアホン スーは東アジア伝統の技術と素材を、ゆったりとした量感で、コートやパンツといったベーシックウェアを仕立てる。素材の個性を際立たせるためか、服のフォルム自体はシンプルだが、生地を切りっ放しのまま縫い合わせたり、チェックと無地の生地を切りっ放しのまま組み合わせ、異素材素材ミックスのタックパンツを縫製したりと、チアホン スーの服には手工芸の香りが満載だ。

色使いも黒・茶・灰色と、ダークトーンで落ち着いている。鮮やかさ、明るさはこのブランドには必要ない。そう思える色彩展開である。クールやモダンという言葉も当てはまらない。職人気質のアジア発のファッション。それがチアホン スーのコレクションである。

歳月の経過で素材が痛むことも、汚れることも肯定する。尊ぶのは調和よりも不調和。チアホン スーが発表する素材には、上質で高級感にあふれた西洋の生地にはない表情が現れている。

コレクションで発表される服は、紛れもなくベーシックウェア。だが、現代人に必須のシャツやパンツが、民族服のように見えてくるから不思議だ。そう見える理由は、不均衡に染まった色味の生地にあるのだろう。計算や合理的といった言葉・考え方とは無縁の生地は、トレンドの最前線に位置する最新ウェアとは別の価値観と暮らしを、私たちに伝える。

近年のファッションは「文化の盗用」が課題となり、デザイナーがルーツを持たない文化から着想を得たデザインが難しい時代になっている。そのためかどうかはわからないが、冒頭で述べたように今回のLVMHプライズは、生まれ育った文化を背景にコレクションを制作しているデザイナーが多く、全体的に非常にパーソナルな印象を受ける服が散見された。

一人の人間の記憶を遡るように作られた服。それはある意味、ファッションの原点ではないか。いつだって新しいスタイルは、一人の熱い思いから生まれる。チアホン スーはアジアを基盤に、台湾の文化に誇りを持ち、最新ファッションを世界に発表する。プリミティブな服が、時代を開拓していく。

〈了〉

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