近年のクリエイティブ・ディレクター人事の傾向について

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AFFECTUS No.519

またも「大物クリエイティブ・ディレクター退任か?」というニュースが報道されている。4月23日、『ビジネス オブ ファッション(The Business of Fashion、以下BoF)』は、「セリーヌ(Celine)」のクリエイティブ・ディレクターを務めるエディ・スリマン(Hedi Slimane)が、LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン(LVMH Moet Hennessy Louis Vuitton、以下LVMH)との契約延長交渉が合意に至っておらず、スリマンが「セリーヌ」を去る可能性を報じた。『WWD』では、スリマンはすでに退任の意向をLVMHに伝えたとしている。

3月はドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)が、自身のブランドを去ることが発表され、同じく3月には「ヴァレンティノ(Valentino)」のピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)退任が発表されたばかりだった。時を遡れば、昨年9月には「アレキサンダー マックイーン(Alexander McQueen)」のサラ・バートン(Sarah Burton)、12月には「ジバンシイ(GIVENCHY)」のマシュー・ウィリアムズの退任も発表されており、大物クリエイティブ・ディレクター退任のニュースが続いている。

スリマンの退任は正式発表ではないが、すでに後任ディレクター候補が取り沙汰されており、フィービー・ファイロ(Phoebe Philo)時代の「セリーヌ」でレディ・トゥ・ウエアのデザイン・ディレクターだったマイケル・ライダー(Michael Rider)が噂に挙がっている。現在、ライダーは「ポロラルフ ローレン(Polo Ralph Lauren)」のクリエイティブ・ディレクターを務めている。ライダーのキャリアから考えると、もし彼が就任すれば「セリーヌ」は現在のエディスタイルから大きく転換しそうだ。

BoFによると、スリマンは「セリーヌ」の売上高をファイロ時代の約5億ユーロから約25億ユーロへと成長させたとのこと。ライダーの正式就任が決まったわけではないので、これは仮の話になるが、これだけのビジネス規模になったエディスタイルを転換させて、果たして大丈夫なのだろうかという疑問も浮かぶ。

上記のように、近年は大物クリエイティブ・ディレクターの退任劇が続いているわけだが、気になるのは後任となるディレクターの人事だ。新たに就任するディレクターのキャリアを見ていると、以前とは様子が変わってきたように感じた。本日は、近年のディレクター人事の傾向について考えていきたい。

近年最も話題を呼んだディレクター人事といえば、ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)の急逝により、後任として「ルイ ヴィトン(Louis Vuitton)」のメンズ・クリエイティブ・ディレクターに就任したファレル・ウィリアムス(Pharrell Williams)だろう。ウィリアムスはミュージシャンとしてはスーパースターで、ファッションブランドとのコラボレーションでは成功を収めているが、ファッションデザイナーとして本格的な経験を積んだわけではない。

そういったクリエイターを、ファッション界最高峰の売上を誇るラグジュアリーブランドの指揮を任せても大丈夫なのだろうかという不安と疑問も生じたが、アブローが開拓した路線を引き継ぎ、同時にブランドの巨大なビジネス規模を維持し、発展させるためには世界中にファンがおり、ファッション界との関連性も強いスーパースターが最適だったのだと思われる。

歴史あるラグジュアリーブランドが、斬新なデザイナーをディレクターに起用して、ブランドの刷新を図ることは王道の手法だ。ただ、この手法が注目を浴び始めた1990年代はアレキサンダー・マックイーンやジョン・ガリアーノ(John Galliano)など、小規模のインディペンデントブランドで話題を呼ぶデザイナーを抜擢するケースが多かった。

だが、現在では当時よりもラグジュアリーブランドの規模は巨大になっている。そのような巨大組織となったブランドのディレクションを、いくら才能があっても小さな規模のブランドしかコントロールしたことのないデザイナーでは、適さないのだろう。

ウィリアムスもビッグビジネスのブランドを指揮したことはないのだが、彼は自身のファンというビッグコミュニティを抱える人物で、ファンにエンターテイメントを提供して、巨大セールスを作り上げてきた超一級のクリエイターだ。

現在、ラグジュアリーブランドの新ディレクターとして名が挙がる人物は、すでにビッグブランドでディレクター経験を積んだデザイナーが多い。ピッチョーリの退任が発表された「ヴァレンティノ」は、早くも後任ディレクターを発表したが、その人物は「グッチ(Gucci)」で一時代を築いたアレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)である。

「フェンディ(Fendi)」は、オートクチュールとプレタポルテにおけるウィメンズのアーティスティック・ディレクターに、キム・ジョーンズ(Kim Jones)を起用しているが、ジョーンズは「ディオール(Dior)」のメンズアーティスティック・ディレクターも兼任するという、非常に珍しい状況だ。

現在、「ディオール」のウィメンズでアーティスティック・ディレクターを務めるマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)も、前職は「ヴァレンティノ」のクリエイティブ・ディレクターだった。

ラグジュアリーブランドでディレクター経験を積めば積むほど、ラグジュアリーブランドからの需要が高まる。一方、ラグジュアリーブランドでのディレクター経験がなくとも、起用されるデザイナーたちもいる。そのデザイナーたちは、世間に名が知られたスターデザイナーではないが、すでにラグジュアリーブランドの内部で実績を積んだケースであることが多い。

先程のミケーレもデザインチームからの抜擢で「グッチ」のディレクターに就任し、ミケーレの後任として新ディレクターに就任したサバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)は、「ヴァレンティノ」「ドルチェ&ガッバーナ(Dolce & Gabbana)」「プラダ(Prada)」といった、錚々たるブランドで経験を積んできたデザイナーだ。スリマンの後任として噂に挙がっているライダーも、先ほど述べた通りファイロ時代の「セリーヌ」で経験を積み、今は「ポロ ラルフ ローレン」に在籍している。

この傾向を踏まえれば、今後ラグジュアリーブランドが、インディペンデントブランドで名を上げた新進気鋭のデザイナーを抜擢することはないだろう。ただし、自分のブランドを圧倒的な人気と規模に成長させたインディペンデントブランドのデザイナーならば、ラグジュアリーブランドは自分たちの規模を任せられるだけの技量を備えたデザイナーとして、注目するのではないか。

2023年には売上高€500M(約830億円)を目指すと報道されていた「ジャックムス(Jacquemus)」のサイモン・ジャックムス(Simon Jacquemus)や、売上高は不明だがInstagramのフォロワー数が75万人を超え、三日月プリントのセカンドスキントップスが人気アイテムとなっているマリーン・セル(Marine Serre)は、本人がやりたくない可能性はあるかもしれないが、ラグジュアリーブランドのディレクターとして十分に可能性がありそうだ。個人的にはセルが「シャネル(Chanel)」を手掛けたら、面白そうではある。

今回は、近年のディレクター人事の傾向から感じたことを述べてきた。とにかく今はスリマンの動向と共に、もしスリマンが退任した際の後任ディレクターが誰になるかが注目だ。それにしても、ディレクションしてきたブランドの売上を、軒並み爆発的に伸ばしてきたスリマンの技量には恐れ入る。

〈了〉

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