AFFECTUS No.521
Instagramのフォロワーは630万人に達し、2021年には売上高1億ユーロを超え、2022年は倍増となる売上高2億ユーロとなる勢いを示して、2025年までに売上高5億ユーロを目指す(The Business of Fashion “Jacquemus: A Fashion Star’s Business Vision”より)。2009年に19歳の青年が立ち上げたブランドは、わずか15年でこれほどのビジネス規模を実現した。近年のファッション界では、奇跡とも言える成長を見せるのが、サイモン・ポート・ジャックムス(Simon Porte Jacquemus)によるブランド「ジャックムス(Jacquemus)」だ。
ニューヨークの若きスターとして人気を集めるピーター・ドゥ(Peter Do)は、創業から3年目を迎えた年の売上高は600万ドルだった(THE CUT “Spotting Peter Do The designer’s first-ever runway show will anchor the return of New York Fashion Week.”より)。当時のドゥでさえ、この規模なのだ。
日本のファッション界に目を移しても、10年続いても売上1億円に満たないコレクションブランドが多いと言われ、日本が世界に誇る1969年創業の「コム デ ギャルソン(Comme des Garçons)」でさえ、会社全体の売上高は400億円と言われている。創業から短期で売上を爆発的に伸ばす企業が現れるIT業界と比べれば、ファッションブランドのビジネスは小規模に見えるだろうが、ファッション界の現状に照らせば、ジャックムスの成長速度と売上規模がいかに驚異的なのかを感じてもらえるのではないか。
南フランスから着想を得たコレクションは、ベージュ・オフホワイト・グレーと優しく柔らかい色使いをメインに、ナチュラルで上質な質感の素材を優雅なシルエットで作り上げる。デザインはクリーンだが、純粋なシンプルとは違う。パターンの構造に変化を出して、優雅なボリュームを生む。ジャックムスの服を着た人間からは、都会の喧騒から離れた余裕と贅沢を感じる。気持ちいい太陽、心地よい風、涼しい空気。そんな1日を、穏やかに暮らす。煌びやかな贅沢とは違う、慎まやかな贅沢だ。
ジャックムスの商品構成は、あらゆるシーンに対応するアイテムを打ち出す。日常のカジュアルウェアはもちろん、シックなシーンに欠かせないドレスやジャケット、夏に活躍するスイムウェア、フーディ&スウェットのルームウェア、近年ではブライダルまで手がけ、ジャックムスは人々のあらゆる生活に応えようとしている。
ジャックムスといえば、ミニバッグを忘れてはならない。2018SSコレクションで発表された「ル・チキート(Le Chiquito)」は、多くのセレブが愛用するほどに大ヒット。ポップな色使いのフレンチシックなバッグが、ブランドの知名度を飛躍的に高めた。ファッションブランドの急成長の裏には、必ずと言っていいほど象徴的なアイテムがある。ジャックムスのミニバッグは、モードファッションのブランドとしては比較的プライスも手頃。手に届く価格帯でブランドを体験できるエントリーアイテムの開発は、やはり重要なのだとジャックムスの軌跡が教える。
ジャックムスはInstagramでもファンを楽しませる。Instagramは今やファッション界のインフラと言えるSNSだが、投稿のタイミングがコレクションの発表時期に集中したり、新商品のお知らせが多くなってしまうブランドが多い中、ジャックムスは最新アイテムのニュースと共に、自分のライフスタイル、時にはデザイナー自身の人生の思い出もファンに届ける。幼いころに育まれた母親との思い出を写した写真を見せ、感情的に綴る。Instagramを単なるお知らせの機能にはしない。ブランドの、デザイナーであるサイモンの言葉と感情をファンに届ける手紙のような役割を果たす。
服を着た生活、バッグを持って出かける休日、Instagramを見る時間、現代人には欠かせない瞬間を、ジャックムスは彩る。優しく朗らかに温かく。奇跡のブランドは、新しい明日を後押しする。
〈了〉