アレッサンドロ・ミケーレとエディ・スリマンの共通点

スポンサーリンク

AFFECTUS No.533

昨年から続くビッグブランドのディレクター退任劇の中で、最も驚きを与えたニュースは「ヴァレンティノ(Valentino)」ではないだろうか。その理由は、メゾンとの蜜月関係がまだまだ続くと思われたピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)の退任と、新クリエイティブ・ディレクターの指名がセットになっていたからだ。2008年からメゾンを率いてきたピッチョーリが去り、後任が誰になるのかと思っていたのも束の間、「ヴァレンティノ」は新ディレクターをすぐに発表する。

3月28日、「ヴァレンティノ」は「グッチ(Gucci)」の前クリエイティブ・ディレクター、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)のディレクター就任を発表した。デビューコレクションは、9月開催のパリ・ファッション・ウィークで発表される2025SSコレクション……となるはずだった。

6月17日、突如2025リゾートコレクションが発表され、ミケーレの手がける新生「ヴァレンティノ」が明らかになる。発表ルック数は171ルックと、就任からわずか2ヶ月で製作したとは思えない驚きのボリュームだ。なぜ、お披露目が前倒しになったのだろうか。そこにはミケーレのある思いがあった。

当初、2025リゾートコレクションは大々的な発表は行わず、店頭に並べられる予定だった。しかし、ミケーレは愛情を込めてチームと共に製作したコレクションを秘密のままにしておくのではなく、発表すべきだと方針を変える。そうして、公になることはなかったはずの2025リゾートコレクションは、スポットライトを浴びることになった。

急遽発表されたデビューコレクションは、まさにこれぞミケーレと言えるデザインだ。前任のピッチョーリが発表していたのは、ラグジュアリー&シックなコレクション(メンズウェアではクリーンなストリートが混じることも)だったが、ミケーレは自身が得意とする1970年代を彷彿させるヴィンテージ調で「ヴァレンティノ」を塗り替える。ミケーレを恋しく思っていたファンにとって、待望のミケーレスタイルが帰ってきたのだ。

幾何学柄のパンツやロング丈のプリントドレスを見ていると、私の頭の中に浮かんできたのはエディ・スリマン(Hedi Slimane)の名前だった。ミケーレとスリマン、二人のデザインはまったく異なる。それにもかかわらず、ロックスタイルとフォークロアスタイルが重なる。確かに二人のデザインは異なるが、デザインに対する姿勢は共通しているのだ。そのことを、新生「ヴァレンティノ」で実感した。

スリマンはどのブランドに移籍しようが、常に「エディ スリマン」を発表する。フィービー・ファイロが大人気だった「セリーヌ(Celine)」であってさえも、自分のロックスタイルに改変した。「ディオール オム(Dior Homme)」、「サンローラン(Saint Laurent)」、「セリーヌ」とブランドが変わっても、スリマンは常にスリマンなのだ。

「自分のブランドを始めるべきだ」

そんな批判を浴びても、スリマンのデザインが変わることはない。

デザイナーがブランドのディレクターに就任すると、ブランドの伝統に即したデザインを発表することが多い。だが、ミケーレは自分の愛する1970年代スタイルに比重を大きく傾け、「ヴァレンティ」の世界を一新した。そんなリゾートコレクションを見て、ミケーレはスリマンと同タイプのデザイナーだと思えたのだ。

スリマンはデザインを変えなくとも、ブランドのビジネスを驚異的に伸ばす。彼が移籍したブランドは業績が軒並み爆発的に成長してきた。「ヴァレンティノ」はどうなるだろうか。メディアでは、ミケーレが「グッチ」から去ることになった理由に「変わらなかったデザイン」を挙げている。市場は上質なシンプルさを特徴とするクワイエット・ラグジュアリーに移行したにもかかわらず、ミケーレの発表する「グッチ」は常に装飾性を主役にしていた。そのため、市場との乖離を起こし、「グッチ」の売上は落ちたと分析されている。

「グッチ」がミケーレの後任に指名したサバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)は、ブランド史上最もミニマルな「グッチ」を発表している。一見、トレンドとは無関係に思え、唯我独尊的に発表していると思われがちなモードだが、市場と敏感で密接な関係を築いているのだ。

ミケーレが初めて指揮した「ヴァレンティノ」は、コレクションを見る限り、「グッチ」時代よりもシンプルになり、上質感、クリーンな空気が増しているように思えた。些細な変化かもしれないが、ミケーレにとっては大きな変化だ。ミケーレ率いる「ヴァレンティノ」はどんな結果をもたらすのだろうか。スリマンのようにビジネスが飛躍するのか。それとも……。これからの「ヴァレンティノ」に注目していこう。

〈了〉

スポンサーリンク