渋さの中の渋さで男たちを装うルメール

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AFFECTUS No.535

ファッションライターとしてコレクションについて書いていると、自分の中で二つの視点が働いていることに気づく。一つは「着てみたい」という消費者視点。もう一つは、自分の趣向とは違うけれど「面白い」と客観視する心境になる。ミニマルなデザインが好きな私は、基本的にプリントやグラフィックを多用した服に「着たい」という衝動が起きることは基本的にない。

だが、「着たい」という自分の趣向だけでコレクションを見ていると、ブランド(デザイン)を見る範囲が狭くなり、自分の趣向とは違うけれど新しい地平を切り拓くファッションに気づける可能性が低くなってしまう。自分の好きを探求する消費者としてなら、趣向に重きを置く立場でいいのだが、ファッションライターとしてコレクションを見たり、デザイナーにインタビュー取材するとなると、見る範囲が狭まってはいけない。

様々な可能性を発見するためには、ファッションデザインの文脈上でコレクションを見ることが大切になってくる。過去から現在に至るまでのファッションデザインの流れ=文脈的に見て、新しい流れを感じるコレクションか、他のブランドとは違う特徴を持つブランドなのか、その基準を持って見ていると、「着たいか、着たくないか」という視点から離れてモードを観察することができる。

前置きがかなり長くなったが、今回は消費者視点から自分が着たいと思った最新コレクションについて書きたい。取り挙げるのは「ルメール(Lemaire)」2025SSコレクションだ。いつもと同じくランウェイ形式で発表されたコレクションは、メンズとウィメンズの同時発表だったが、先述のとおり私の「着たい」という視点から書くため、今回はメンズラインにのみフォーカスしていく。

近年の私は、洗練された服が少々苦手になってきた。「スマート」、「クリーン」と形容される服は今でも好きだが、今の自分が着るには少しお洒落すぎる気がしてならない。「マーガレット ハウエル(Margaret Howell)」はほぼパーフェクトなのだが、やはりちょっとお洒落すぎる。もう少し野暮ったさが欲しい。欲しくなっていたのは、泥臭さと野暮ったさ。けれども、なるだけシンプルなデザインが理想だ。

その観点で見た時、真っ先に名前が浮かんできたのが「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」だった。天才的なカッティングで作られた黒い服は、量感を含んだ布の輪郭が野生味を漂わせ、実に渋い。しかし、実際に店頭で手に取って服を見ると、デザインが思った以上に複雑だった。

「この切り替え線がなければ……」
「ポケットがシンプルだったら……」
「ゴージラインの位置が低い……」

そう思うことが多く、今の自分の気分とは微妙なズレが生じる。

そんな心境の私に響いたのが、「ルメール」の2025SSコレクションだったというわけだ。もともと、「ルメール」に甘さはなかったが、最新コレクションはこれまで以上に渋さに振り切っており、渋さの中の渋さというワークウェア的泥臭さを披露してくれた。

とりわけオーバーサイズシルエットの黒い服がいい。地味な、いや失礼、オーソドックなステンカラーコートは私の一番好きなコートだ。メンズウェアの定番アウターを、「ルメール」はロング丈&オーバーサイズシルエットで、主張を控えながらも渋い存在感の服に仕立てる。

ブラックレザーのワークブルゾンもたまらない。丈はヒップラインより少し短いぐらい、袖幅はやや太め、身頃のシルエットも少々ワイド、そして衿幅も広めで、スリムでもビッグでもなく、何とも中途半端な形の服。しかし、その曖昧さがいい。曖昧だから、洗練さを遠ざけてくれる。そんなワークブルゾンを、野生味のある硬い素材で仕上げてくれたのだから、申し分ない。

ワークブルゾンにスタイリングされたパンツも魅惑的だった。股上は深め、渡り幅も広めでスマートとは言い難い。しかし、「ルメール」はクリーンな味付けを忘れない。渡り幅の広さを保って裾に向かって直下したら、パンツはワイルドな印象になってしまうが、「ルメール」は膝から裾に向かってシルエットをテーパードさせ、パンツというよりもトラウザーズと言いたくなる品格を作り上げた。

些細なことかもしれないが、シャツを第一ボタンまで留めて着る姿もポイントが高い。野暮ったさが匂うシルエットの服を、凛々しく着こなす。「ルメール」は服そのものデザインだけでなく、服のスタイリングにもエレガントな曖昧さを見せてくれた。

人間は自分の好きが根本的には変わらない。だが、好きのテイストは歳月の経過と共に微妙に変わっていくもの。その変化に合う服を探すのも、ファッションの楽しみと言えよう。新しい自分を発見できたなら、たとえその服がデザイン的には新しくなかったとしても、私にとってもあなたにとっても新しい服なのだ。そんな体験をもたらしてくれたデザイナー、クリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)に私は感謝したい。

〈了〉

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