ハイダー・アッカーマンが「トム フォード」のクリエイティブ・ディレクターに就任

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AFFECTUS No.554

9月4日、驚きのニュースが発信される。ハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)が「トム フォード(Tom Ford)」の新クリエイティブ・ディレクターに就任することが明らかになった。デビューコレクションは、来年3月に開催される2025AWパリ・ファッションウィークで、ランウェイショーによって発表される予定だ。

創業者のトム・フォードが2023年4月に退任すると、後任のクリエイティブ・ディクレターとして就任したのは、フォードの右腕を務めてきたピーター・ホーキングス(Peter Harwkings)だった。しかし、期待と共に始まった新生「トム フォード」は、ホーキングスがわずか2シーズンのみの発表で退任という結末を迎えてしまう。

やや混乱を感じるフォード退任以降の「トム フォード」だが、アッカーマンの就任によってようやく落ち着きを取り戻すだろうか。個人的な感想を述べるなら、この起用には期待が高まる。その理由はアッカーマンがディレクターを務めた「ベルルッティ(Berluti)」が素晴らしかったからだ。アッカーマンの「ベルルッティ」在籍期間は2017AWシーズンから2018AWシーズンまでの3シーズンと短期だったのだが、発表されたコレクションが素晴らしかった。

3コレクションすべてが素晴らしかったわけではない。デビューコレクションの2017AWコレクションは、無難と言える内容で、物足りなさを感じたのは事実。第一に「ベルルッティ」は1895年の歴史あるブランドで世界中にファンがいるが、その人気を担っているのは極上の色気を持つ革靴であり、服のブランドとしては存在感が希薄だった。

1980年代に誕生した「パティーヌ」はレザーに施された染色が深みのある色彩で艶やかで、クラシックの極みと呼べる。「ベルルッティ」の靴には、イタリアの色気とフランスの気品が一つになった美しさがある。「ベルルッティ」の服にも靴と共通の上質なクラシックが感じられていたのだが、コレクションを見るとブランドのDNAがいまいち個性として昇華されていない印象を受けた。

ゆえにアッカーマンは「ベルルッティ」のシグネチャースタイルを確立するという作業が必要だった。デビューコレクションは、上質な素材をスレンダーなシルエットに仕立て、色使いや素材の艶は「パティーヌ」に通じる色気を感じたが、特別な個性を訴えるコレクションではなかった。デビューコレクションを見た限りでは、アッカーマンの「ベルルッティ」はこれからどうなるのかという不安もよぎった。

だが、そんな不安は翌シーズンの2018SSコレクションで一掃される。ルックを見ていくうちに目が覚めていく。とにかくセクシー。色っぽいすぎるぐらいに色っぽいメンズウェアが登場した。セクシーと言っても肌の露出があるわけではない。モデルたちはスーツ、Gジャン、ワークブルゾン、側面にラインの入ったスポーティなパンツと、メンズファッションのドレスからカジュアルのベーシックを着用。複雑なフォルムデザインや大胆な異素材ミックスがあるわけではない。デザインとしてはとてもシンプル。しかし、シルエットと素材の色の組み合わせが絶妙だった。

アッカーマンのシルエットには滑らかな美しさがある。ドレープを多用していないにも関わらず、ドレープが現れた優雅なドレスのように上品でエレガント。極上の美を「ベルルッティ」特有の妖艶な色で染まる素材が引き立て、イエロー、パープル、グリーンと鮮やかなトーンになりそうがカラーが、渋い色味と素材の光沢でランウェイを歩く男たちに気品を添える。そして、澱みないシルエットがコレクションの品格をさらに格上げした。

逞しく美しく、そして色気を静かに振りまくメンズスタイル。「ベルルッティ」のアイコンスタイルが誕生したと思える瞬間だった。

次の2018AWコレクションも素晴らしかった。滑らかな質感と照明に照らされた光沢が、うっとりするほどに滑らかなレザーコートを着る男性モデルはコートのポケットに手を入れて歩いているだけなのに、これぞダンディズムと呼ぶ佇まい。ドレススタイルを主体にスポーティなアイテムと素材を織り交ぜるのも、アッカーマンの「ベルルッティ」。その特徴は2018AWコレクションでも現れ、全体のムードを重々しくしない要因となっていた。

男の渋みを讃え、軽快な着こなしも披露する。アッカーマンはそうしてセクシーを作り上げた。

だが、素晴らしいと思えたアッカーマン体制はこの2018AWコレクションを最後に、わずか3シーズンで終了してしまう。短期で終わる場合、ビジネス的に不調だったことが多い。アッカーマンの提唱したスタイルが、「ベルルッティ」の顧客には不評だったのかもしれない。そして、新規の顧客を呼び込むほどのパワーもなかったのかもしれない。しかし、メンズファッションとして見た時、アッカーマンのデザインは一つの文脈を確立したと思えるクオリティだった。

「トム フォード」のDNAはセクシーだ。匂い立つほどに強烈な色気が、クラシックなスーツによって具現化されている。アッカーマンが表現する色気は「トム フォード」よりも静謐。この融合によって、いったいどんなコレクションが完成するのだろうか。硬質な「トム フォード」のスーツも、アッカーマン得意の流麗なカッティングによって新しい表情をきっと見せてくれるはずだ。アッカーマンと「トム フォード」、両者の新しい船出に期待が膨らんでいく。

〈了〉

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