ユハン ワンはボクシングウェアを甘くカオスに作る

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AFFECTUS No.557

ラフ・シモンズ(Raf Simons)が手がけた「カルバン クライン(Calvin Klein)」はビジネス的に見れば失敗だった。しかし、領域が異なり、一体化しても調和をもたらさない複数のファッションや要素をあえて一体化させ、その際に生じた違和感をパワーとして発信するファッションには、ファッションデザインの文脈的価値が大いにあった。シモンズの提唱したコレクションは未来のファッションと言えるデザインであり、2019年2月19日公開「LAST CALVIN KLEIN」でも詳細に言及した。

いつも時代を早く先取りすぎるシモンズだが、彼の提案するファッションは歳月を経てから時代が追いつく。現在、シモンズの「カルバン クライン」の文脈を受け継ぐブランドと言えば、「マリーン セル(Marine Serre)」が挙げられるだろう。2017年に「LVMH プライズ」でグランプリを獲得し、三日月プリントのセカンドスキンウェアが象徴となったフレンチブランドのデザインは、2019年2月12日公開「マリーン・セルのボーダレスデザイン」でも述べたとおり、スポーツを軸にアラブの伝統的服装など、異なるカテゴリーのファッションをパワフルに結ぶつけていくものだ。

そして9月13日から17日まで開催された2025SSシーズンのロンドン ファッションウィークでも、注目すべきハイブリッドデザインが発表されていた。ブランドの名は「ユハン ワン(Yuhan Wang)」。ロンドンを拠点に活動する中国人デザイナー、ユハン・ワンが2018年に設立したウィメンズブランドである。

「ユハン ワン」の2025SSコレクションについて語る前に、まずは簡単にデザインーであるワンの歩みに触れていこう。彼女はロンドンの名門校セントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins)にてBA(学士)とMA(修士)を取得する。同校のMAを2018年に卒業すると、彼女はミラノの「マルニ(Marni)」にウィメンズウェアデザイナーとして入社する。ここで興味深いのが、ワンは「マルニ」での仕事と並行して自身のブランド活動を行っていたことだ。

きっかけはイタリアで働くためのビザを待っているときだった。ロンドン ファッションウィークの若手デザイナーを支援する「ファッションイースト(Fashion East)」から声がかかり、急遽自身の名前を冠したブランドを設立し、デビューコレクションを発表することになった。

ロンドンでのデビュー以降、ワンは平日は「マルニ」の仕事を行い、休日に自分のブランドを手がけ、毎シーズン「ユハン ワン」のコレクションをロンドンで発表するハードな日々を過ごす。そして、2020年に自身のブランドに専念するためロンドンへ戻り、同年には「LVMH プライズ」のショートリストに選出された。

以上がユハン・ワンの歩みになる。それではここから、最新2025SSコレクションについて言及していこう。

「ユハン ワン」のコレクションはロマンティックだ。甘く幻想的な服にオリエンタルな要素がミックスされている。「ユハン ワン」の特徴は最新コレクションでも存分に発揮されていた。

色は黒が使われているが、ダークカラー以上にインパクトを放っているのが白・ピンク・水色といった甘く淡い色であり、大量に使用されたレースが甘い幻想世界を描く。大きく膨らんだスカートはバレエの衣装を彷彿させ、フリルを使用したトップスとボトムが幾度も登場した。以上のシルエットやディテールに注目すると、今回の「ユハン ワン」にガーリーな印象を抱くかもしれない。

しかし、2025SSコレクションが異端だったのはボクシングをテーマに取り入れていたことだ。ワンは、ジェーンカウチ(Jane Couch)、レイラ・アリ(Laila Ali、元WBA・WBC世界ヘビー級統一王者モハメド・アリの娘)、ブリジット・ライリー(Bridgett Riley)といった女性ボクサーたちからインスピレーションを得て、最新コレクションを製作していた。

テーマが物語るとおり、ランウェイにはグローブ・トランクスなどボクシングウェアを身につけた女性モデルたちが登場した。それら格闘技ウェアがレース素材と甘いニュアンスカラーで作られ、装飾的なバレエテイストのシルエットやディテールと一体化しているのだ。

しかも、ワンがコレクションに取り入れたスポーツはボクシングだけではない。サッカー、ベースボール、フットボール、モータースポーツが、ボクシングやバレエと共に混じり合っていた。

薄手ニットで製作されたベージュのレオタードを着用したモデルは、胸元から両肩にかけてが淡いトーンのパープル・イエロー・白・ベージュに染まった、大小さまざまなサイズのニット製フラワーモチーフを大量に取り付け、両手には淡いイエローのパンチンググローブをはめて、レース柄のハイソックスを履いている。

別のモデルは、青と白のストライプ生地で作られた半袖のベースボールシャツを、極端に短い着丈の白いTシャツの上からボタンを留めずに羽織っていた。Tシャツの胸元には猫の顔がプリントされ、両手にはウェディンググローブを思わせるレース製の長い手袋をはめており、ボトムのボクシングトランクスは爽やかな水色の生地で作られ、裾は白いレースで切り替えられていた。ソックスはレース柄のハイソックス、靴はストラップが甲の上で交差する黒いレザーシューズだ。

異種混合ルックの数々は、カワイイともカオスとも表現できる。相反する感覚を引き起こすコレクションは、シモンズが手がけていた「カルバン クライン」の進化型と言えるデザインだった。

冒頭で触れた「マリーン・セル」、ファニング姉妹による「キコ コスタディノフ(Kiko Kostadinov)」のウィメンズライン、そして「ユハン ワン」は、クラシックやフェミニンといった従来のファッション形容詞では表現し難いコレクションを発表している。初めて見た時は困惑するが、繰り返し何度も見ていくうちに、気がつけば混沌とした感覚が愛おしくなっている自分に気づく。

「ユハン ワン」はガーリーな服を作っているわけではない。これからの時代の新しいファッションを作っている。甘くカオスに作られたボクシングウェアが、未知の道を切り拓く。

〈了〉

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「死ね」と思うだけで一瞬にして相手を即死させるチート能力を持つ高校生、高遠夜霧(たかとお よぎり)。高遠の即死能力があまりに圧倒的すぎて、観ていて笑ってしまうほど。ある種ギャグ作品の要素も含むアニメ。

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