アワー レガシーの少数株式をLVMHが取得

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AFFECTUS No.575

現在、北欧で世界的に注目されているブランドといえば「アワー レガシー(Our Legacy)」だ。高まる人気を証明するように、11月8日、LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトン グループ(以下、LVMH)傘下のベンチャーキャピタル部門が、ストックホルム発メンズブランドの少数株式を取得したことが発表された。「ビジネス オブ ファッション(The Business of Fashion)」によると、「アワー レガシー」は近年売り上げを5倍に伸ばし、4000万ユーロ(約65億6000万円)にまで成長させ、今後は世界の主要都市での旗艦店出店を通して小売に注力していくとのこと。

この投資は、成長性の高い才能を見逃さないLVMHらしい判断だった。「アワー レガシー」の成長は、ブランドのスタイルが市場の変化とマッチしたことが要因だろう。装飾性高いストリートウェアの時代を経て訪れたのは、上質で贅沢なクワイエット・ラグジュアリー。デニムを主役にしたカジュアルウェアを、色褪せた色調と優しい素材感でクリーンに作り上げるコレクションが、クワイエット・ラグジュアリーがトレンドの市場とマッチしたと見ることもできるが、私は少し異なる見解を持つ。クリーンなカジュアルを着たいが、高級感のあるカジュアル(クワイエット・ラグジュアリー)は好まない。そんな需要を、「アワー レガシー」が拾った側面もあるのではないか。

「アワー レガシー」の躍進で改めて感じるのは、ブランドのスタイルと市場の適合度だ。これまでに何度も述べているが、多くのコレクションを観察し、インタビュー取材や展示会でデザイナーから話を伺ってきて実感したのは、ブランドが最も個性的なスタイルを作り上げるのは、デザイナーが自分の好きをとことん突き詰めた時だった。

だが、そこには難しさが潜む。デザイナーが自身の好きを表現したコレクションは力強い個性を生み、見る者を惹きつける。しかし、「面白い服」と「着たい服」が必ずしもイコールになるとは限らない。服として見た時は確かに面白い。けれど、今着たい服かどうかで見た時、面白いが着たい服ではないという判断はあり得ることだ。その差を生むのが市場との適合度だと言っていい。

仮に、グラフィックプリントや刺繍を用いたカラフルなルーズシルエットの服が世界的トレンドの時代に、スレンダーシルエットで無彩色のミニマルウェアが人気を獲得するのは難しいだろう。

一方で参考になる反例もある。岩井良太の「オーラリー(Auralee)」である。

「オーラリー」は2018年に第2回「 FASHION PRIZE OF TOKYO」に選ばれ、2019SSシーズンからパリでの発表が始まった。当時のコレクションは正直言うと、物足りなさを感じた。「オーラリー」の個性である上質な素材を使ったシンプルで綺麗なシルエットというコレクションは、デザイン性が高いパリモードの中でも見た時、いささか存在感が希薄に思えたのだ。事実、日本で人気を獲得したブランドはパリで発表を始めるとデザイン性が強くなるケースが非常に多い。

しかし、「オーラリー」はスタイルを特別変えることなく、今までの「オーラリー」を発表し続けた。岩井自身も「オーラリー」のスタイルは海外では売れるタイプのブランドではないと考えていたそうだが、パリで発表して3シーズン目を迎えるころには60店舗ぐらいにまで卸先が伸びたことをコメントしている。

「アワードに受賞する前に海外で初めて展示会を行ったときは、卸先は12〜13店舗でした。でもパリコレに参加して3シーズン目を終えた頃には60店舗ぐらいまで増えたんです。行く前までは、正直あまり海外で売れるタイプのブランドじゃないと思ったんですよね、自分では。でも認めてもらえるところがあったんだなと思いました。」「【DESIGNER INTERVIEW: AURALEE 岩井良太】人と服が相まって完成する、それぞれのスタイル」文化学園 国際ファッション産学推進機構より

その後も岩井は「オーラリー」スタイルを変わらずに発表し続けると、時代がクワイエット・ラグジュアリーに移行するとさらに注目度が上がっていき、今年1月に開催された2024AWシーズンのパリ・メンズ・ファッションウィークで、初めて公式カレンダーのランウェイ枠で発表するまでに至った。私は2021年からカナダ・モントリオールのオンラインストア「SSENSE(エッセンス)」で、ある仕事に関わっているのだが、以前よりも明らかに「オーラリー」が「SSENSE」でフォーカスされる回数が増えている。

需要が少ないのではと思われたスタイルが、実は需要があった。そしてトレンドの変化でさらに需要が伸びていく。「オーラリー」の事例は注目のケースになる。もちろん、これにはリスクも伴う。時代のタイミングによっては、実際に需要がないケースもありえた。「オーラリー」がパリで発表を始めた2019SSシーズンは、装飾性高いストリート旋風が落ち着き始めたタイミングで、次のスタイルへの需要が芽生えつつあった時期とも考えられる。

デザイナーが自分の好きを最高に表現するコレクション(ブランド)が、市場に需要があるか・可能性があるか、一旦冷静に見つめる必要がある。感性と理性のバランスを取っていくことが、ブランドビジネスの肝ではないかと感じるこのごろである。

〈了〉

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