「かわいい」を実験するヴィヴェッタ

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AFFECTUS No.589

ふだん何気なく使っている言葉が、ふとした瞬間、不思議な響きに感じられることはないだろうか。今の私にとってのそれが「かわいい」という言葉だった。なぜ、この4文字で構成される言葉が、愛らしさを形容するものとして使われるようになったのか。そんなことがふと気になり、語源を調べてみると、古語の「顔映ゆし(かわはゆし)」に由来していることがわかった。相手の顔を見たときに感じる恥ずかしさや、まぶしさを表現していた。「かわいい」という言葉は、愛らしさから生まれたのではなく、恥ずかしさや気まずさを伴う感情から生まれたのだった。

室町時代では「あわれで気の毒だ」という感情が強調され、現在の「かわいい」の意味合いとは大きく異なっている。現代と同じ意味を持つようになったのは、江戸時代からである。なぜ「かわいい」について調べたくなったかというと、ある一つのブランドを見たからだ。2008年設立のイタリアブランド「ヴィヴェッタ(Vievetta)」は、チャーミングなウィメンズウェアに一種の奇妙さを持ち込む。

私が「ヴィヴェッタ」を初めて知ったのは、今から5年前の2019年。ミラノファッションウィーク 2019AWシーズンで発表されたコレクションを見た時だった。

「イタリアにも、こんな前衛的なブランドがあったのか」

保守的に思えたミラノで、「ヴィヴェッタ」は異彩を放つ。ルックを見ると、軽い驚きに襲われた。女性モデルは、グレー地のチョークストライプ生地を使った端正なスーツを着ているが、ところどころに別珍のような黒い布がパッチワークされ、さらには青地に写実的な花を描いた生地が、左身頃と左腕・左膝・右腿から右膝にかけて貼り付けられ、スーツの基準の美が崩されていた。また、熊のぬいぐるみがたくさん取り付けられたコートも登場する。ぬいぐるみは確かにかわいいのだが、服の上にランダムに取り付けられているため、少々不気味だ。ヴィヴェッタはかわいいの基準も崩す。

昔見たシュルレアリスムのモノクロ写真が、カラー写真で復元されたような奇妙さは、いつコレクションを見ても実感した。

2022SSコレクションは色と装飾のウィメンズウェアをアイスショー形式で発表し、2023SSコレクションで浮かび上がってきたイメージは、女の子が主人公のアニメのキャラクターたちが着る服を、イタリアならではの色気をたっぷりと注ぎ込んでデザインされた服という不思議なものだった。いつのシーズンを見ても、絵本から飛び出てきた花を彷彿させるモチーフがあったりと、かわいいはずなのに、かわいさよりも奇妙さが上回っている。

昨年9月に発表された2025SSコレクションは、少々意外だった。いつもなら奇妙なかわいさのルックが登場するのに、このコレクションは冒頭からシックな大人の佇まいが登場する。

紺地のチョークストライプ生地で仕立てたパワーショルダーのピークドラペルジャケットに、ワイドシルエットの色褪せたジーンズを穿き、首元にはパールネックレスが絡み合って巻かれ、ウェスト付近までぶら下がっている。男性的装いの中にコンサバファッションの象徴であるアクセサリーをセットにしたスタイルは、従来の「ヴィヴェッタ」では見られなかったマスキュリンな組み合わせである。

だが、ダンディなルックは次第にコンサバの香りが強くなっていく。Look3の女性モデルは、チョークストライプ生地で作られたショーツを穿き、上半身にはクルーネックのショート丈カーディガンをきっちりボタンと留めて着用。そこからさらに変化は重なり、コンサバな女性のスタイルから、ガーリーでメルヘンな女性のスタイルへと移り変わっていく。いや、移り変わると言うのは正しくない。ダンディズムとコンサバを残しながら、ガーリーと合流するといった方が適切だ。レース、フラットカラー、パフスリーブ、ブルマショーツと、服装史に見られる女性の服の伝統的なディテールやシルエットは繰り返し登場する。

メンズベースのコンサバからノスタルジックな服に遷移するコレクションは、一人の女性のファッションの記録を観察でもしているかのようだ。確実にかわいい要素はあるのに、完璧にかわいいとは言えない微妙な感情。この曖昧な感覚は、「顔映ゆし」に通じるものがある。

もしかしたら数十年後、「かわいい」は奇妙を意味する言葉になるかもしれない。「ヴィヴェッタ」は、現代で誰もが慣れ親しんだはずの形容詞に揺さぶりをかけていく。服を作ることは「服に関わる形容詞の定義も揺らすこと」なのだと、デザイナーのヴィヴィ・ポンティ(Vivi Ponti)は世界へ問いかける。

〈了〉

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