ルメールのウィメンズラインは主張しない

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AFFECTUS No.598

「ルメール(Lemaire)」が好調だ。「ビジネス オブ ファッション(The Business of Fashion、以下BoF)」によると、ブランドの売上高は2019年以降10倍に成長し、2024年には1億ユーロ(約160億円)までに達した。わずか5年で、ここまでの成長を見せるのは驚異的だと言える。BoFの分析では、特に急成長したのはパンデミック後であり、最高級のラグジュアリーブランドではなく、手の届きやすい価格のブランドとして「ルメール」の売上が加速したとのこと。

今、ファッション界には「シンプルに作られた美しい服」の波が確実に起きている。この波に付け加えるなら、現代ファッションはクラシックであることも注目の要素になってきた。着用した人に落ち着きや渋みをもたらす服とスタイルが、最前線に浮上している。前回述べたように、黒の多用が目立った2025AWシーズンのパリ・メンズファッションウィークが象徴的だった。

2025年1月に発表された「ルメール」2025AWコレクションも、新しい兆候を捉えた服を作っていた。元来、「ルメール」はシックな服を作ってきたブランドである。ただ、今回は従来の落ち着きをもたらすエレガンスにさらなる磨きがかかっていた。特に注目したいのは同時発表されていたウィメンズラインだ。

「ルメール」のウィメンズラインは、華やかさではなくマスキュリンなテイストが持ち味。ウィメンズウェアでマスキュリンを引き出す場合、メンズウェアから着想する手法が王道になる。テーラードジャケット、シャツ、パンツなど、男性の服のベーシックアイテムを、メンズとしての特徴を可能な限りキープしたまま、女性が着るための服に転換する。それが、女性の服でマスキュリンをデザインする王道の手法になる。

「ルメール」のウィメンズラインにもその手法が見て取れる。今回特徴的だったのは、肩のライン。1980年代を彷彿させる、肩幅が広く厚いショルダーラインは逞しく力強い。身頃のシルエットも横方向にボリュームを取り、コートやジャケットは古典的な紳士服に通じる形と雰囲気を作り上げていた。

しかし、明確に1980年代ショルダーと言えるルックは3ルックのみで少ない。

それでも、コレクションから男性的な服のムードを感じた要因は、素材と色、そして絶妙なオーバーサイズにある。黒・グレーという最高にシックな色を濃淡でバリエーションをつけ、アクセントに使われるパープルも落ち着いたトーン。素材はメンズジャケットによく見られるベーシックな梳毛生地と紡毛生地の両方を使う。

シルエットは男性の服を着ているようなサイズ感で作られている。一時期のビッグシルエットからボリュームダウンし、シルエットが細くなってきたとはいえ、体のラインを程よく隠すゆるやかな輪郭が現在主流のスリムシルエット。そのモダンシルエットを、紳士服的な色と質感の素材で作っているために、「ルメール」のウィメンズラインにはマスキュリンの美しさが漂う。

しかし、全てのアイテムがメンズから着想されているわけではない。スカート、ワンピースという女性の服に欠かせないアイテムをしっかりと数多く発表している。もちろん、ルメールの美学によって作られているためにシックで、色使いは従来通り落ち着いたベーシックカラーが主役。注目したいのはワンピースとスカートの丈だ。ワンピースとスカートは膝下丈で作られ、コンサバティブな装いを完成させていた。

「ルメール」のウィメンズラインは、オーバーサイズの紳士服を女性が着ている姿が迫ってくる。ワンピースやスカートなど女性の服の王道アイテムもコンサバに仕立て、決しては華やかには見せない。主張しない主張こそが、「ルメール」最大の魅力ではないかと思う。

世界にSNSが浸透し、フォロワー数といいねの数が注目される時代になった。しかし、その価値観とは無縁に生きる人々もいる。これは、どちらが良い悪いの話ではなく、単なる違いに過ぎない。どちらを好むかは、人それぞれだ。私は「ルメール」の服に主張しない美しさを感じる。それは、かつてクリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)がディレクターを務めた「エルメス(Hermès)」に通じるものだ。抑制されたエレガンスを、「ルメール」のウィメンズラインが世界にもたらす。

〈了〉

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