AFFECTUS No.599
2月6日、サバト・デ・サルノ(Sabato De Sarno)が「グッチ(Gucci)」のクリエイティブ・ディレクターを退任した。デビューシーズンから直近までのコレクションを見ていて、次第に感じ始めた淡白な印象と業績の低迷から、短期での退任もあり得るとは思っていたが、まさかここまで早いとは。それほど「グッチ」は現状を深刻に受け止めているのだろう。
アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)の退任も成長鈍化が理由だった。上質でクリーンなファッションが流行し、「グッチ」が重要視する中国市場もトレンドに沿った需要が増えた。ミケーレのマキシマムなデザインは市場に合わなくなり、論理的に見れば納得できる退任だった。だからこそ、後任のデ・サルノはモダンで上質なファッションを打ち出した。
しかし、「グッチ」の判断は失敗に終わる。2024年12月通期決算では売上高が前期比23%減の76億5000万ユーロ(約7282億円)と急落。デ・サルノのコレクションが市場に本格投入された2024年、業績は悪化し、ケリングの計算は完全に崩れてしまった。
結果的に「グッチ」の顧客は、モダンで上質なファッションを望んでいなかったことになる。もしくは、顧客が上質なファッションを望んでいたとしても、デ・サルノの提案が顧客のニーズを満たすレベルにまで到達していなかった可能性もある。
そんな中、次期クリエイティブ・ディレクターとして噂されるのがエディ・スリマン(Hedi Slimane)だ。彼は手がけてきたブランドを、例外なくビジネスを脅威的に成長させてきたデザイナー。もしスリマンが「グッチ」を率いれば、一気に風向きが変わるかもしれない。
まだスリマンが「ディオール オム(Dior Homme)」のディレクター(2001年〜2007年)だった2000年代前半、「グッチ」のディレクターを務めていたのがトム・フォード(Tom Ford)だった(1990年〜2003年)。重なっていた期間は短く、コレクションの発表はパリとミラノで違っていたが、私は両者がライバルにように感じていた。
一般的にスリマンのライバルはラフ・シモンズ(Raf Simons)だとされている。1968年生まれ、メンズウェアからキャリアをスタート、ファッション教育を正式に受けていないなど共通点が多く、シモンズが「ディオール(Dior)」のディレクターに就任したと思えば、スリマンは「サンローラン(Saint Laurent)」のディレクターに就任する。二人の状況をライバルと呼ばないのは無理があった。
一方で、私はフォードもスリマンのライバルに思えていた。フォードの「グッチ」と言えば、濃厚なセクシーが特徴。香水の匂いを振り撒きながら、サングラスを掛けて、シャツはボタンは大胆にはずして街を歩く。そんな強烈な色気を持つ男性像が、フォードの「グッチ」には見えていた。
スリマンの「ディオール オム」にも色気があった。ただし、フォードとはまったく異なる色気だ。スリマンが提案するセクシーは儚く虚げ。スリマンの象徴はご存知のとおり、ロック&スキニー。男性の体をこれでもかと細く見せ、儚げな色気を纏った若者たちがパリのランウェイを歩く。逞しさや強さだけが男の象徴ではない。スリマンは男性を固定観念から解放し、新しい一面を創り出した。
この二人の対比が毎シーズン発表される当時のファッションウィークは、私にとって今以上に刺激的で楽しみなものだった。もし「グッチ」をスリマンが手掛けるとしたら。そんな想像を楽しむなという方が無理だ。
フォードとミケーレの成功、デ・サルノの失敗を見れば、「グッチ」は強烈な個性を持つディレクターのもとで輝くブランドなのだろう。スリマンのスタイルは変わらないと言われるが、それこそが彼の圧倒的な強み。イタリアファッションがさらに熱くなるためにも、スリマンに「グッチ」を再建してもらいたい。今はパリにブランドが集中しすぎている。ミラノがもっと盛り上がれば、ファッションはさらに楽しくなる。スリマンの「グッチ」、ぜひ見てみたい。
〈了〉