ジースターならば、ボッターイズムが輝く

AFFECTUS No.624

ラグジュアリーブランドのディレクター交代は、近年すっかりファッション界の恒例イベントになった。だが、5月1日に発表されたこのニュースは、そうした流れとは異なる軸を示している。デニムブランド「ジースター(G-Star)」が、「ボッター(Botter)」のルシェミー・ボッター(Rushemy Botter)とリジー・ヘレブラー(Lisi Herrebrugh)を新たなクリエイティブ・ディレクターに起用すると発表したのだ。二人は、ブランドの最上位ライン「ロウ リサーチ(Raw Research)」の再始動を担うことになる。

ルシェミーとリジーは、2018年から2022年にかけて「ニナ リッチ(Nina Ricci)」のディレクターを務めていた経歴を持つ。詩的でフェミニンなパリモードの文脈から、デニムというマスプロダクトに舵を切る構図は、一見するとギャップだらけに見える。だが、このギャップこそが二人の才能を輝せる。

ルシェミーとリジーの才能とは何か。それを語る前に、まずはジースターというブランドのデザインDNAを見ておきたい。

ジースターは1989年にオランダ・アムステルダムで設立された。創業者はヨス・ファン・ティルブルグ(Jos van Tilburg)。当初は「Gap Star」という名前で活動していたが、アメリカの「GAP」との混同を避けるため、のちに「G-Star」へと名称を変更する。

1990年代初頭から掲げていたコンセプトは明快で、他のデニムブランドとは別のベクトルへ向かった。ジースターが目指したのは、デニムをストリートウェアの文脈で再解釈し、インダストリアルに表現すること。つまり、「リーバイス(Levi’s)」や「リー(Lee)」のようなワークウェア由来のアメリカンヘリテージとは異なる、ヨーロッパ的視点から構築されるジーンズを目指したということだ。

象徴的な革新は、「ロウ デニム(Raw Denim)」の導入である。未洗い・未加工の硬質な生デニムをそのまま製品として打ち出し、「素材そのものが持つありのままの姿」にフォーカスした姿勢は、当時のヴィンテージ主流の潮流に対する明確なカウンターだった。

1996年リリースの「エルウッド(Elwood)」は、人間の脚の動きに沿った3Dパターンで設計され、デニムの世界に構築美をいち早く取り入れたプロダクトだった。膝の切り替え、ダーツ、ジップなどで構造体を可視化し、ユーティリティ&ミリタリー由来のパーツ配置、ロゴや装飾を抑えたデニムウェアの構造自体を語るプロダクト主義は、ジースターをリーバイスやリーといったアメリカンデニムブランドとは異なる世界線に導く。

ジースターというマスプロダクトのブランドに、パリモードの中心で生きてきたボッターの二人は適切なのだろうか。そんな疑問が生まれても仕方がない。しかし、私の意見はこうだ。

「ルシェミーとリジーの二人なら、やれる」

たしかにニナ リッチを手がけたデザイナーと聞けば、ジースターとのマッチングに違和感を覚えるだろう。しかし、二人のシグネチャーブランドであるボッターを見れば、その疑問は杞憂に終わるはず。

ボッターの根底にはストリートとクラシックの融合がある。この一見すると対極に位置する両スタイルを、一つのスタイルに集約するのがボッタースタイルであり、それこそがルシェミーとリジーが持つ才能だ。ストリートウェアから引用したアイテムを、ジャケット&パンツのクラシカルなアイテムと組み合わせ、カリビアンテイストにまとめ上げる。そんなボッタースタイルを作り続けてきたルシェミーとリジーにとって、デニムというマテリアルは手慣れたモチーフであり、異なる領域の融合に才能を発揮する二人なら、ジースターという工業的プロダクトとボッターのポエティックな美しさの共存を実現するに違いない。

発表によれば、2025年6月に最初のカプセルコレクションを公開、そして2026年1月のパリ・ファッションウィークで正式にデビューを果たす。ディレクター就任発表時に公開されたルシェミーとリジーのポートレイトには、デニムウェアを着用した二人の姿が写っていた。もうその佇まいだけで、私は惹かれてしまう。あとは、来たる日を静かに待とう。

〈了〉

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