注目のミニマリズム派 #2 緊張感なき緊張感を描く、オーラリー岩井良太の色彩

AFFECTUS No.628
デザイナーを読む | 注目のミニマリズム派 #2
オーラリー|岩井良太

「ミニマリズムとは形だけでしか、語られないものなのだろうか」

そう問いかけて、この連載は始まった。第1回では、「ザ ロウ(The Row)」のメアリー=ケイト&アシュリー・オルセン姉妹を取り上げ、静けさに満ちたシルエットから、こんな仮説が立ち上がった。「ミニマリズムは、形だけでは語りきれない」。

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SNS時代にSNSから距離を置くオルセン姉妹は、静かなシルエットで語りかける。

一般的にミニマルなデザイン=シンプルな造形と捉えられがちだが、ミニマリズムを成立させる要素は、形以外にもある。その一つが「色」だ。ミニマルウェアは多くの場合、黒・白・グレーといった無彩色で無地の生地を用いる。

だが、ブルーやライトグリーン、ピンクといった明るい色を用い、ストライプやチェックといった柄も積極的に使用するブランドはどうだろう?それでもミニマリズムと呼べるのだろうか?「オーラリー(Auralee)」の岩井良太は、その問いに色彩で答えるデザイナーだ。

一見、ミニマリズムの基準に照らすと、オーラリーに「ミニマル」の冠を与えることに違和感を覚えるかもしれない。確かにシルエットはシンプルだが、ミニマルカラーに見られる無彩色の硬質さはない。むしろオーラリーの服には、淡く、明るく、優しい色彩が流れている。

張り詰めた緊張感を漂わせるミニマルウェアとは、明らかに異なる世界線だ。

では、なぜそれでもオーラリーをミニマリズムと呼ぶのか?

その理由を見つけるには、まず「ミニマリズムを成立させる最低条件」を探る必要がある。

シンプルな構造、クールな色調、現代的なプロポーション。それらが生む緊張感。ミニマルウェアには、その空気感が欠かせない。だが、緊張感とは常に「張り詰めた空気」のことを指すのだろうか?

緊張感にも、こんな形があっていい。

「優しく穏やかで、着ている時はもちろん、その服を見ているだけで、心の中が浄化されていくようなピュアな感覚」

それもまた別種の緊張感、ノイズを除去し、脳内に一つのイメージを立ち上げる力がある。ミニマリズムに必要なのは、削ぎ落とすことで、純度を高める行為なのではないか。

たとえば、建築家ジョン・ポーソン(John Pawson)が設計する、光を取り込む住宅には、直線の硬質空間にもかかわらず、愛おしくさせる引力がある。

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真っ白な空間に、淡い青一色のキャンバスがぽつんと浮かぶ情景を思い浮かべてみてほしい。

そこには、決して張り詰めてはいないが、集中が生まれているのではないか。岩井良太の服にも、それと似た静かな重力がある。

2025AWコレクションでは、黒やグレーといった無彩色が基調だった。しかし、ランダムに差し込まれる淡いブルー、柔らかなグリーン、軽やかなイエロー、優しいマルチボーダーが、全体に穏やかさと軽やかさを溶け込ませていく。カラーパレットが緊張を与えるのではなく、緊張をほどいていく。

素材の純度も、それを後押しする。開発されたオリジナルファブリックは、光を吸収し、空気を含んだようなテクスチャーで、身体に触れた瞬間に心が緩む。

もし、鑑賞者の知覚に「ひとつの純粋な像」を立ち上げる力がミニマリズムの本質だとするなら、そこに冷たさやストイックさは必須ではないはずだ。

ポーソンの静かな建築の中に漂う温度感。それは、岩井の服が纏う色にも似ている。ジャンルを越えて響き合うこの共通項こそ、いま私たちが「新しいミニマリズム」と呼ぶべき感覚なのかもしれない。

オーラリーの色は、私たちの認識をそっと裏切る。従来の研ぎ澄まされたミニマリズムとは異なる座標で、彼の服は「緊張感のない緊張感」という、新しい構造を描き出す。

岩井良太はその色彩センスで、ミニマリズムの定義そのものをやわらかに塗り替えていく。

〈了〉

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