AFFECTUS No.643
デザイナーを読む | FEMININE STUDY #1
セシリー・バンセン
甘くて華やかな服は、「フェミニン」と呼ばれることが多い。このスタイルはいつの時代にも愛され、一過性では語れない、普遍的なファッションとなっている。
▶︎ 純白すぎるほど純白のロイシン ピアス
甘さと幻想、そして静けさ。白に宿るフェミニンを辿る。
本連載「FEMININE STUDY」では、そんな現代のフェミニンをかたちづくるデザイナーたちに光を当てていきたい。第1回は、北欧・デンマーク発のセシリー・バンセン(Cecilie Bahnsen)。「アシックス(Asics)」とのコラボレーションを経て、次のフェーズへと進んだ彼女の「今」に迫る。
バンセンのコレクションにおいて、白は常に主役だ。ピュアすぎるほどにピュアな白。その無垢な印象をいっそう際立たせているのが、大きく広がるフレアシルエットである。バレリーナの衣装を思わせるドレスやスカートは、甘さを超えて、どこか幻想的ですらある。
ルックを眺めていると、真っ先に浮かぶのは「ガーリー」という言葉だった。
▶︎ ゴースト・イン・ウェルダン
セシリー・バンセンが「白くピュアなガーリー」ならば、ウェルダンが提唱するのは「黒く塗ったガーリー」。
ある時期の、ある一瞬だけに開花する儚い甘さ──それがガーリーの本質ではないか。バンセンの甘さには、綿菓子に通じる浮遊感がある。けれど、彼女の作るガーリーは、ただ甘いだけでは終わらない。少女性を帯びたピュアさのなかに、少女特有の頑なさが同居するような、そんな強さが漂っている。
たとえば、布を花びらやハートのようにくり抜いた淡い水色のドレス。あるいは、バストラインからワイドに広がり、直下するストレートシルエットを描く、ハリと透け感を併せ持った白い生地。そこには、フェミニンな造形美の裏側に、かすかな毒気や辛さが確かに潜んでいる。
その辛さがあるからこそ、バンセンの服は「ガーリー」の枠を超えていく。
経験を重ねた大人がまとうにふさわしい、洗練された甘さ。そこにこそ、セシリー・バンセンというデザイナーの真骨頂がある。
そんなバンセンに、ある変化が訪れた。
きっかけは、アシックスとのコラボレーション。水色や紫といった淡いトーンのコートやドレスに、カラフルで装飾的なスニーカーを合わせたスタイリングは、まるでスポーティなスニーカーがフェミニンに生まれ変わったかのようだ。
このコラボを境に、彼女のコレクションにはスポーツの要素が流れ込み、パンツルックも増えていく。もちろん、フェミニンという軸は失われないままに。
たとえば2023AWコレクションには、ガーリーなシルエットや色、素材を軸にしつつ、歪なボリュームを配置したり、透ける素材にパンツやスニーカーを組み合わせたりと、既存の文脈を少しずつずらしていく試みがなされた。
2024SSコレクションでは、フリルを主要なテクニックとして用い、ドレスの表面に凹凸をもたせることで、ほんの少しの毒気が立ち上がった。甘さと辛さに「毒」が加わったことで、バンセンのフェミニンは新たな段階へと進化する。
そして、このコレクションは、カジュアルなデニムルックも登場した。バンセンは、フェミニンという自身の世界に、自ら揺さぶりをかける。
ワークウェアやアウトドアウェアからの引用も見られ、色調もダークトーンへと傾いていく。フェアリーな印象が強かった初期のバンセンとは、明らかに違う姿がそこにあった。
その変化がもっとも明確になったのは、2026Resortコレクションだった。
甘いシルエット、甘い素材の甘いドレスと、MA-1やジーンズといった日常的なベーシックウェアが、ひとつのルックの中で共存していた。それはまるで、幻想的な世界から“こちら側”へとバンセンが滲み寄ってきたような感覚だった。
彼女の甘さには、しっかりと苦味がある。その苦味を味わったことがあるかどうか。その境目が、「大人」と「少女」を分けることを知っているかのように、バンセンは、華やかなフェミニンの中に現実的な服の要素を差し込み、「落ち着き」という名の重心を与えて、ドレスの幻想性を一段落とす。
セシリー・バンセンは、自分の世界にこだわる。そして、その世界を更新するチャンスを、いつも前向きに受け入れている。
〈了〉
▶︎ マリーン セルは世界のすべてを愛している
クラシック、ガーリー、スポーツ、ラッパー。すべてを許容する服。