AFFECTUS No.654
デザイナーを読む #3
近年、新しい才能が集まる場所としてデンマークが注目を浴びてきた。だが、その地図にもうひとつの国を加えるなら、スペインだろう。マドリードを拠点に活動するカルロッタ・バレラ(Carlota Barrera)は、2019年に自身の名を冠したブランドを設立し、今や「スペイン発の新しい声」として存在感を放っている。
▶︎ ジョナサン・ウィリアム・アンダーソンという才能
境界を飛び越える衝撃。バレラを読む前に、この前史を。
彼女の服は、伝統的なメンズウェアの形式を踏襲する。シャツ、ジャケット、トラウザーズ。素材はウールやコットン、色はグレーやブラック、ホワイトといったモノトーン。柄はほとんどなく、潔いほどの無地。表面的には極めてオーソドックスな世界に見える。
けれども、そこに漂うニュアンスは少し異なる。流れるようなライン、緩やかなボリューム、立体感を抑えた平面的なフォルム。服は着る人の動きに合わせて表情を変え、メンズウェアの枠内にいながら、どこかウィメンズのブラウスやドレスを思わせる。女性性は直接的に持ち込まれるのではなく、あくまで「滲ませる」かたちで立ち上がってくる。
この態度は、2010年代のジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が示した手法と対照的だ。当時、彼は男性にスカートを穿かせるなど、視覚的に「境界を越える」ことで強いインパクトを残した。性別をめぐるファッションの議論に、わかりやすい衝撃を与えること。それが時代を動かした。
▶︎ ユニクロの実験装置としての役割を果たすUniqlo U
大声の新しさではなく、緩やかな変化で更新する服。
一方、バレラはアンダーソンとは別の道を歩む。メンズの形式を壊すことなく、メンズの形式の内部で女性性を香らせる。越境ではなく、滲ませる。インパクトよりも自然さを重んじる。そこには、「新しさ」を押し出すのではなく、伝統と調和させる姿勢がある。ファッションが常に「新しさ」を求める産業であることを考えれば、この態度は逆説的だとも言える。
ここで整理しておきたい。バレラの服は、メンズとウィメンズの境界を溶かすものではない。あくまでメンズの形式を確かにしたまま、女性の服のニュアンスを取り入れている。決して性別の境界を越境する服でも、曖昧にする服でもない。
曖昧=境界をなくすこと。揺らす=境界を残したまま不安定にすること。
バレラの服はまさに後者に属し、その態度が新しい示唆となっている。
もちろん、バレラの服が決定的な答えを示しているわけではない。だが、その滲ませるデザインは、未来を考えるための手がかりになる。性別を超える服は、これからどんな姿を求められるのか。その問いを、私たちに投げかけている。
〈了〉
▶︎ FEMININE STUDY #1 セシリー・バンセン、甘くも辛いその服
女性性を徹底して探ることで、揺らぎを更新する試み。