AFFECTUS No.680
ブランドを読む #7
もう一年以上前になる。「トム・フォード(Tom Ford)」のクリエイティブ・ディレクターに、ハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)の就任が明らかになったのは。匂い立つ挑発的な色気を纏ったドレススタイルを、アッカーマンがどうディレクションするのか。今日までに二つのコレクションが発表され、その答えがゆっくりと形を帯びてきた。
▶︎ ハイダー・アッカーマンが「トム フォード」のクリエイティブ・ディレクターに就任
ベルルッティ期で築いた線と艶の美学から、トム フォード再編の行方を探る。
→ AFFECTUS No.554(2024. 9. 8公開)
デビューは2025AW。ショー冒頭から、アッカーマンらしさがはっきりと現れていた。
主役の色はブラック。レザーは決して多くないが、その存在感が場を引き締める。アッカーマンの武器はシルエットの艶にある。ジャケットもコートも形自体は普遍的。だが、彼の世界観を通ると、まるで「セクシーなドレス」のような気配が宿る。肌は露出していない。なのに、ベーシックなダブルのジャケットが色っぽい。アッカーマンが持つ魔術と言っていい。
なぜ、形が普遍的であるにも関わらず、色気が滲み出るのか。
アッカーマンのジャケットには、直線と曲線のメリハリが効いている。腰まわりのカーブには鋭いシェイプを入れ、一方で肩や胸板のように厚みを必要とする部位は直線的に構築される。このロジカルな配分が、肉体の存在感と知性を同時に浮かび上がらせる。
さらに、ドレープもアッカーマンの得意とする技法だ。ダーツや切り替えといった彫刻的な操作を控え、布地の流動性を活かして身体の輪郭を描く。そうして完成したドレスは、ジャケットとは形も構造も異なるのに、知的な色気が同じ温度で立ち上がる。
デビューコレクション全体を見ると、トム フォードの語彙がアッカーマンの感性で上書きされていた。フィナーレに登場した本人はダブルのスーツ姿。ラペルを立てて着こなすことで、ブランドのDNAへの敬意と、自身の美意識を小さく添えていた。
2シーズン目、2026SSでは、アッカーマンの独自性が一段と強まった。開幕を飾ったのは、光沢のあるパテントレザー。黒光りする革はスリムな輪郭を描き、デビューコレクションよりも挑発的。だが、色気の種類はどこか冷静だ。
全身白のルックは、シャツとパンツのシンプルな組み合わせ。フロントボタンを留めず、みぞおち下まで開いたフロントが、胸板から腹部を露わにする。肩に掛けたニットは首元で両袖を結ぶ。パンツは左右に2本ずつタックが入り、クラシックでありながらリゾートの余白を含んだフォルム。足元はサンダルで、ホワイトスタイルの緊張感を解きほぐす。
▶︎ エルメネジルド・ゼニアのルームウェア
上質な素材とゆるやかな同化。外観はスーツでも、設計はリラックス。
→ AFFECTUS No.244(2021. 2. 2公開)
ウィメンズは水着のブラトップやレースのスリップドレスなど、より直接的な色気を形作るアイテムが並んだ。一方、メンズラインには、合繊素材のアウトドア調コート、深緑のベロアブルゾンといった、トム フォードでは少数派のカジュアルアイテムが登場した。それらはアイテムの点数こそ少ないのに、ブランドの文脈とは異質である分、強い存在感を持つ。
とりわけ、薄手の黒いナイロンコートは象徴的だ。軽さのある素材を使っても、色気が削がれない。布が揺れ、光を吸い、身体との距離をわずかに保ちながら動く。緩さと官能が同じ場所で共存する。これはアッカーマンが本来得意とする領域で、ドレスを信条とするトム フォードでは新鮮だった。
ここまで書いて気づくのは、アッカーマン体制の2シーズン目に、明確な反転が起きていることだ。
素材やアイテム、着こなしはトム フォードにしてはカジュアルなのに、色気の種類はむしろブランドの核心に寄っている。フィナーレで本人が、袖を軽く捲った白シャツ姿で登場したのも象徴的だった。緩さをまとうことで、逆に色気が際立つ。
二つのシーズンを通して感じるのは、ブランドの世界を尊重しながら、自分の世界を丁寧に重ねるアッカーマンの姿勢だ。1シーズン目はスタイルそのものをトム フォードに寄せ、2シーズン目は文脈を保ちながら自身の語彙を投入する。手法を変えても、たどり着く場所は同じ。そうすることで、ブランドは新しいニュアンスを纏う。ハイダー・アッカーマンは、トム フォードという大きな器を、自分のリズムで呼吸させ始めている。
〈了〉
▶︎ デムナ・ヴァザリアは未来を示唆する
変化した時代に、デザインはどう応答するのか。カジュアル回帰が映す“新しい日常”の構造。
→ AFFECTUS No.257(2021. 5. 9公開)