AFFECTUS No.681
ブランドを読む #8
ストリートウェアは本来、街の喧騒に負けない声の大きな服だった。「シュプリーム(Supreme)」のボックスロゴが象徴するように、視界に割り込んでくる強さが価値だった。しかし「ディスイズネバーザット(thisisneverthat)」は、ストリートウェアの強さをほぼ使わない。服を見ると、その選択がよく分かる。
▶︎ 怒りが快感になっていたヴェトモン
ストリートの主張性を極限まで引き上げたデムナの初期衝動を振り返る。
→ AFFECTUS No.189(2020.2.18公開)
明るい色は淡いトーンに落とされ、ロゴは古着屋の棚で見かけるプリントのように存在感が薄い。シルエットも細くも太くもなく、どこか判断がつきにくい。新品のはずなのに、「前にもどこかで見た」ような気がしてしまう。時間を感じさせるが、服にダメージ加工や退色は施されていない。過去の服を現代に引用した。そんな資料的静けさがある。物質としての古さは避けている。見たことのある形や色を、今の空気の中に置いている。そんな佇まいがある。
現代の環境では、主張し続けることが難しくなっている。インターネット上には、強い言葉や鮮やかな画像が止まることなく流れ、視覚の刺激はすぐに上書きされてしまう。大きな声を上げても、その声が背景に紛れる。そうした状況の中で、あえて存在感を下げる方法が生まれてくるのは自然だ。
写真家のヴォルフガング・ティルマンス(Wolfgang Tillmans)は、日常の光景をそのまま撮り、過剰な演出を避けることでモチーフの位置を固定した。ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)は、絵画の表面をぼかし、はっきり見せることから距離を置いた。どちらも、視覚の情報量を調整する方法を選んだように思える。
ディスイズネバーザットの服も、この距離の調整に近い。
淡いグリーンのフーディは、過剰な都市画像に対する、解像度の低い画像のような役割を果たしている。コレクションではロゴや柄も使われているが、装飾が主役になるデザインではない。中庸なシルエットの上に、淡いトーン、柔らかさのあるフォントが登場している。ミニマルな服ではないが、情報を詰め込む服でもない。どちらにも寄らず、真ん中の温度を保っている。
▶︎ Children of the discordance 2026SS Collection
クラシックの中心に、ストリートの“ズレ”を縫い込む。伝統と反復が交差したテーラーリングの行方。
→ 2025. 7. 3公開
ブランドの拠点であるソウルはK-カルチャーを高速で世界の人気カルチャーへと成長させた都市だ。ディスイズネバーザットも早くから国際的に知られ、Instagramのフォロワー数は40万人を超える。一方で、コレクションには平坦な印象を抱く。冷たいというほどの平坦さではない。冷たさの二歩手前。そんなトーンだ。
新品なのに古着のように見える、と先ほど書いた。一般に「古さ」は、色落ちや傷のような物質的な変化で表される。だが、ディスイズネバーザットが扱う「古さ」は少し違う。それは、時間ではなく記憶によって立ち上がる古さだ。使用感ではなく、既視感としての古さ、使い込まれた質感ではなく、「見覚えがある」という感覚で古さを立ち上げているのだ。時間そのものではなく、記憶に触れることで生まれる古さである。そのため、服は過去に向かうわけでも、未来に向かうわけでもない。どこかの時点に引っかかりながら、現在に留まっている。
服に時間を刻むのではなく、時間を一つの資料として扱う。情報が多すぎる時代に、速度を落とし、見慣れたものを提示する。その姿勢が、ディスイズネバーザットの中心にある。
〈了〉
▶︎ OAMCはストリートの次へ進む
ベーシックとミニマリズムを重ね、ストリートを再設計する試み。
→ AFFECTUS No.118(2019. 1. 21公開)