AFFECTUS No.688
ムーブメントを読む #8
昨年、ジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)が「ディオール(Dior)」のアーティスティック・ディレクターに就任したが、2026年1月現在、2026SSと2026Pre Fallをメンズとウィメンズの双方で手がけ、合計4つのコレクションを発表している。ルックを見てみると、前任のマリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)はもちろん、過去のディオールと比べても明確な違いがあった。それは「トラッド」を積極的に取り入れる姿勢だ。
▶︎JWアンダーソンとディオール、その境界が揺らぐ-ディオール 2026SS
JW アンダーソンの手法は、ディオールでどこまで通用するのか。その違和感を記録する。
→ AFFECTUS No.636(2025.7.6公開)
兆候は、デビューコレクションからはっきりと表れていた。2026SSメンズでは、トラッドスタイルが頻繁に登場した。ライン入りのソックス、青白く色褪せたジーンズ、ツイードジャケット、ストライプシャツ……。もし、これが別のブランドで発表されていたなら、「トラッドを面白い解釈で見せる。しかもベーシックが伝統のメンズで」という感想で終わっていたかもしれない。
しかし、このコレクションはディオールで発表されたもの。パリの歴史そのものと言っていい、ラグジュアリーの最高峰である。その事実を意識した瞬間、感想は疑問に変わった。
「ディオールでトラッド?しかも、こんなカジュアルな服?」
メンズ2026SS以降に発表されたウィメンズの2026SS、二つのプレフォールコレクションでも、アンダーソンのトラッドへの執着は変わらない。ウィメンズの2026Pre Fallではドレスを発表しているが、軸にあるのはあくまでジーンズを中心とした日常的な装いだ。千鳥模様を拡大したハウンドトゥースは、シンプルなアイデアで個性を強め、トラッドという文脈をさらに際立たせている。
もっともアンダーソンはトラッドを忠実になぞっているわけではない。必ずディオールの歴史と象徴を混ぜ合わせる。2026SSメンズでは、創業者クリスチャン・ディオール(Christian Dior)の発表した服から着想したフォルムを、ジーンズという極めて日常的なアイテムに落とし込んだ。幾重にもヒダを重ねた造形は、トラッドとラグジュアリーの距離感を撹乱する。
メンズの2026Pre Fallでも、豪華絢爛な刺繍を施した逸品が登場した。だが、全体の印象は「特別な服」より「普遍的な服」に近い。そのコレクションを見ているうちに、「ユニクロ(Uniqlo)」とディオールがコラボレーションしたという架空の現実が浮かんできた。それほどまでにアンダーソンは、誰もが知る服のかたちを、贅沢の極みであるディオールに持ち込んでいる。
4つのコレクションを横断して見ていると、一つの仮説が立ち上がった。
カルヴェンが披露した、ベーシックなアヴァンギャルドの可能性
普通に見える服は、いつ前衛になるのか。ベーシックが価値を反転させる瞬間を読む。
→ AFFECTUS No.545(2024.8.4公開)
「アンダーソンはディオールのエレガンスを、日常に接近させようとしているのではないか?」
ここで扱われているトラッドは、格式や権威を誇示するためのものではない。生活の中で着られ、擦り切れ、色褪せていくことで成立する日常の服がトラッドだ。その形式を借りて、ディオールの世界観を現実の時間に接続しようとしている。ディオールの世界は決して限られた人間の、限られたものではない。もっと多くの人々に体験してもらいたい。そのようなメッセージが浮かび上がるコレクションだ。
実際にディオールの「商品」を継続的に購入できる消費者は限られる。しかし、これまでのディオールの「イメージ」が、ディオールを「購入できる消費者」を遠ざけていた可能性がある。ラグジュアリーとトラッドの掛け合わせによる、贅沢な日常着が、ディオールと距離を取ってた人々の関心を掴むかもしれない。
ビッグブランドのディレクターは、既存の顧客だけでなく、まだ関心を持っていない人々の想像力も刺激し続けなければならない。その意味で、アンダーソンの試みは、単なるスタイルの変化ではなく、ディオールというブランドの距離感そのものを問い直す実験だ。
いつか本当に、ディオールとユニクロがコラボレーションする日が来るのかもしれない。アンダーソンとユニクロの関係性、そして現在のディオールを見ていると、それは決して突飛な空想とも言い切れない。まさか、と思える出来事が現実になる。その連続が、ファッションなのだから。
〈了〉
▶︎ 決算に見るバーバリーの原点回帰戦略
「タイムレス」は、戦略として成立するのか。Burberryが直面する、時間との向き合い方。
→ AFFECTUS No.625(2025.5.21公開)