AFFECTUS No.697
コレクションを読む #28
ブランドには変化が必要だ。デビュー当時のスタイルが評価されても、その評価が永遠に続くとは限らない。しかし、変化の必要性を理解していても、「いつ」転換すべきかを見極めるのは容易ではない。早すぎれば軸を失い、遅すぎれば惰性に陥る。キコ・コスタディノフ(Kiko Kostadinov)は、比較的早い段階で自らのスタイルを更新してきたデザイナーである。
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セントラル・セント・マーティンズ(Central Saint Martins)のMAコレクションを基盤に発表された2016AWコレクションは、初期コスタディノフの強度が凝縮されたシーズンだった。ワークウェアを参照しながら、スタンダードな構造をわずかにズラすカッティング。直線的でミニマルな外観を持ちながら、その内側に緊張感を宿す服。見た目は静かだが、輪郭のどこかに違和感がある。その違和感こそが前衛性だった。構造を操作することで空気を変える。それが初期の方法論である。
その後、ブランドは色彩と装飾へと重心を移していった。ベーシックカラー中心の世界観は崩れ、彩度の高い色や、複数色を切り替える意匠が登場する。怪しさを帯びた色面の重なり。「かっこいい」でも「かわいい」でもない、説明の難しい魅力。構造の強度よりも、視覚的な違和感やシュールさが前面に出ていた時期と言えるだろう。コスタディノフは構造のデザイナーから、美意識を捻るデザイナーへと拡張していった。
2026AWメンズコレクションは、その流れを再び反転させる。1月のパリで提示されたルックは、黒を中心に、ディープティールのような冷えた青緑、落ち着いたブラウン、くすんだマスタードといった抑制された色彩で構成されていた。近年の装飾的なカラーレイヤーはほとんど姿を消し、平面は整えられ、色は単色で提示される。ブラックやティールのワントーンでまとめられたルックは、初期のコレクションを見たときの感覚を呼び起こす。しかし、それは単純な回帰ではない。
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例えば、黒のロングトップはケープのように身体を包み込み、布が大きく垂れ下がる。直線的なパターンを基盤にしながら、ギャザーやドレープが加えられ、布が重力を引き受けて揺らぐ。ウエストのコードは構造を固定するためではなく、あくまで布の流れを制御するために存在しているように見える。ティールのセットアップも同様だ。シャツの前立てやパンツのラインは極めてシンプルだが、身体の動きに合わせて生地が波打ち、直線と曲線が共存する。ここにあるのは、初期の「ズラす構造」ではなく、「動く布」である。
さらに、マスタードとグレーを切り替えたロングシルエットのルックでは、色面の境界が身体の中心を横断し、ドレープがその境界を曖昧にする。メンズのパターンでありながら、ワンピースのような印象を与えるアイテムも見られた。男性の身体を前提としながら、そこにドレス的な柔らかさを挿入する。この流動性は、単に女性性を引用しているのではない。構造優位だった初期の自己に対する再解釈である。
ファッションは文脈を参照してデザインされる。その文脈は大きく二つに分けられる。一つは、ファッション史という外部の時間軸。1947年のニュールック以降のシルエットの変遷や、過去のアーカイブを引用する手法は、多くのブランドが用いてきた。もう一つは、ブランド自身の歴史という内部の時間軸である。今回のコスタディノフは、後者を選択した。外部の歴史を参照するのではなく、2016年の自分を参照する。だが、それは再現ではなく編集だ。当時にはなかった流動性を付与し、構造の強度を布の揺らぎへと変換する。
近年、文化の盗用が問題視され、他文化や他者の文脈を引用することに慎重さが求められている。そうした状況において、自らの個人史を更新するという方法は、一つの有効な態度である。他者の物語を借りるのではなく、自分の時間を進めること。ブランドとは、連続した自己対話の記録でもある。2026AWメンズコレクションは、その対話が新しい段階に入ったことを示していた。コスタディノフは過去をなぞるのではなく、過去を素材にして前進する。その姿勢こそが、今回のコレクションの本質である。
〈了〉
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